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●間違いだらけの法律知識
『そして殺人者は野に放たれる』(新潮文庫、平成十八年十一月一日発行/平成十九年二月二十日四刷)のP15〜16から。
責任無能力とりわけ心神喪失の認定は、結局のところ“ワレワレ法律家には理解できない動機”という一点に尽きる。こうして、幾多の犠牲者を出した通り魔殺人が不起訴となり、微罪でも犯行を否認すると実刑判決がおりる。
「なんで結果が裁かれへんのです?」と曽我部さんが重ねて訊いてくる。
「日本の刑法は罪刑法定主義じゃないからです。罪刑法定主義というのは、近代法治国家の大原則なのに、明治時代につくられたままの刑法はそこまで至っていません。世界各国の刑法を調べてみると、一歳以下の赤ん坊を殺した場合はこう、一三歳以下の子を監禁したうえ殺害した場合はこう、金銭めあてに殺した場合はこう、という具合に可能なかぎり具体的メニューを国民に示しています。しかしながら日本では、刑法一九九条に『人を殺した者は、死刑又は無期若しくは三年以上の懲役に処する』と書いてあるだけです。故殺も謀殺も区別されていない。それに、犯人に責任能力がないと検察官や裁判官が判断してしまう根拠は、日本の刑法で言えば三九条(心神喪失)と四〇条(瘖唖者)と四一条(一四歳未満)ですが、四〇条は九五年に削除され、四一条は司直が判断するとかいう問題ではなくて誕生日がいつかという問題ですから、結局、この責任能力問題は三九条の心神喪失に行き着くわけです」
日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』(新潮文庫、平成十八年十一月一日発行/平成十九年二月二十日四刷)P15〜16
下記のリンク先で既に検証していますが、日垣センセイは罪刑法定主義について全く分かっていません。実は他の著作*1にも、上記とほぼ同様の記述があります。心神喪失者が責任能力無しで無罪(不起訴等)になるのは、罪刑法定主義ではなく、責任主義の問題です。責任主義は罪刑法定主義と共に近代刑法の大原則です。
赤頭巾ちゃん、オオカミ中年に気をつけてー検証・日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』(その壱) - KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)
本書*2のP224から。
三九条が加害者を無罪化するための方便として“大活躍”してきたのに対し、一七八条は性犯罪の被害者に「心神喪失」のレッテルを貼ろうとしたところにその特徴がある。
日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』(新潮文庫、平成十八年十一月一日発行/平成十九年二月二十日四刷)P224
刑法39条1項*3の「心神喪失」と、同法178条(準強制わいせつ及び準強姦*4)の「心神喪失」とは、似て非なるものです。刑法上の定義としては、準強制わいせつ罪・準強姦における「心神喪失」とは、責任無能力(刑法39条1項)を意味せず、意識喪失(睡眠・泥酔を含む)、高度の精神障害などにより、自己に対してわいせつな行為又は姦淫が行われていることの認識を欠く状態をいいます*5。つまり、39条1項の「心神喪失」とは、犯罪不成立を念頭に加害者が 「理非善悪を判断する能力を有していたか否か」 を基準に判断します。他方、準強制わいせつ・準強姦における「心神喪失」は、犯罪成立を念頭に、被害者が「抵抗できない意識状態・精神状態であったか否か」を基準に判断します。理非善悪の判断能力は関係ありません。従って、睡眠・泥酔時は178条の「心神喪失」 に該当しますが、39条には該当しません。要するに、日垣センセイは「心神喪失」の概念についても、よく分かっていないのです。
また日垣センセイは、「刑法39条が精神障害者から裁判を受ける権利を奪っている!」という趣旨の主張*6を本書の他、複数の著作*7においても繰り返しています。これは日本国憲法32条の「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」に違反していると言いたいのでしょうが、法律論としておかしなものです。憲法32条とは、刑事裁判を請求する権利ではなく、「刑事裁判によらず、刑罰を科すことはできない」「刑罰を加えるなら、刑事裁判を経由しなさい」ということを意味しています。このことは、複数の憲法学者が指摘しています*8。従って、有罪がほぼ確実な場合でも、敢えて不起訴(或いは起訴猶予)にすることも、訴追権限を独占する検察官には可能です*9。これらの規定及び運用も「裁判を受ける権利」を侵害していません。不起訴が問題ならば、「公益の代表者」(検察庁法第4条*10)たる検察官の訴追裁量の問題です。もとより、市民は刑事裁判を提起する主導権などありませんから。
★参考資料
時計仕掛けの偽書ー検証・日垣隆『裁判官に気をつけろ!』(特別編) - KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)
Amazonレビュー:感情的対立を煽るだけの悪しきジャーナリズム
山口厚『刑法 第2版』(有斐閣、平成23年9月25日第2版第1刷発行)
山口厚『基本判例に学ぶ刑法総論』(成文堂、2010年6月20日初版第1刷発行)
岩波明『精神障害者をどう裁くか』(光文社新書、2009年4月20日初版第1刷発行)
小田晋、作田明、西村由貴『刑法39条 心の病の現在』(新書館、2006年1月25日初版第一刷発行)
芦部信善『憲法 第五版』(岩波書店、2011年3月10日第1刷発行)
樋口陽一『憲法 第三版』(創文社、1992年4月15日初版第1刷発行/2010年4月15日第三版第2刷発行)
佐藤幸治『日本国憲法論』(成文堂、2011年4月20日初版第1刷発行)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S22/S22HO061.html
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*1:日垣隆『現代日本の問題集』(講談社現代新書、2004年6月20日第1刷発行)P208〜213
*2:日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』(新潮文庫、平成十八年十一月一日発行/平成十九年二月二十日四刷)
*5:山口厚『刑法 第2版』(有斐閣、平成23年9月25日第2版第1刷発行)P248〜250
*6:赤頭巾ちゃん、オオカミ中年に気をつけてー検証・日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』(補論D) - KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)
*7:日垣隆『偽善系―正義の味方に御用心!』(文春文庫、2003年5月10日第1刷/2006年12月20日第2刷)P228、日垣隆『現代日本の問題集』(講談社現代新書、2004年6月20日第1刷発行)P212、日垣隆『エースを出せ!脱「言論の不自由」宣言』(文春文庫、2004年9月10日第1刷)P178
*8:芦部信善『憲法 第五版』(岩波書店、2011年3月10日第1刷発行)P250、樋口陽一『憲法 第三版』(創文社、1992年4月15日初版第1刷発行/2010年4月15日第三版第2刷発行)P271〜272、佐藤幸治『日本国憲法論』(成文堂、2011年4月20日初版第1刷発行)P353