・初めてこのエントリーを読まれる方は「日垣問題の記録」、「日垣隆(Wikipedia)」、「ガッキィスレまとめサイト@ウィキ」のご一読をおススメします。
※2015/10/10追記:エントリーを更新しました。「学者失格ー検証・日垣隆の評価(八木秀次氏の場合)」のリンク先を追加。
日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』について、主に文庫版をテキストに一通り検証してきました。これまでの検証は、下記のリンクを参照して下さい。
『WOLF'S DEMAー検証・日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』の評判』※注記
『WOLF'S DEMAー検証・日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』の評判(補論)』※注記
『WOLF'S DEMAー検証・日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』の評判(補論A)』※注記
『WOLF'S DEMAー検証・日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』の評判(補論B)』※注記
『紙の聖痕ー【告知】同人誌の国立国会図書館への納本について(その弐)』※注記
『The History God Only Knowsー検証・日垣隆「弟の死」の謎』※注記
『サンクチュアリ1973.7.23ー検証・日垣隆「弟の死」の真相』※注記
『世界の終りと1977.1.21ー検証・日垣隆「弟の死」の真相(補論)』※注記
『DARKER THAN DARKNESS1977.1.22ー検証・日垣隆「弟の死」の真相(補論A)』※注記
『A Whole New History God Only Knowsー検証・日垣隆「弟の死」の謎(補論)』※注記
『妄想回路の夢旅人ー検証・日垣隆「弟の死」の謎(補論A)』※注記
『ナゾノキセキー検証・日垣隆「弟の死」の謎(補論B)』※注記
『The History God Only Knows −Takashi Higaki's Secret−』※注記
『ヒガミシザーズー検証・日垣隆と新潮社の校正・校閲体制』※注記
本書*1の主な問題点は、以下の通りです。
(1)違法性と有責性を完全に混同。刑法39条に対する批判以前に、そもそも近代刑法の大原則たる「責任主義」を理解していない。
(2)「心神喪失認定による不起訴が、日本以外の国のおおむね一〇〇倍にも達する」(P120)と断言しているが、その根拠となるデータを一切示していない。尚、専門家の一人である清井幸恵氏は「米国においても、精神障害を理由とする不起訴処分が行われているとのことであるが、その数は不明である。」と『判例タイムズ』(判例タイムズ社、No.1202[2006年4月15日号])P106で言明している。
(3)「原因において自由な行為」の学説を、正しく理解していない。その結果、「珍説」「珍理論」とこき下ろしながら、それが明文化されたスイス刑法12条を絶賛したり、既存の日本の刑法にもほぼ同様の条文を盛り込むように提案するなど、全く矛盾した評価をしている。
(4)「法的根拠のない起訴前鑑定」(P49)という、明らかなデマというか、重大な誤解を招く記述がある。起訴前鑑定には、嘱託鑑定と簡易鑑定の2種類があるが、いずれも法的根拠はあり(刑事訴訟法第223条、同法第197条1項)、そもそも簡易鑑定は任意で実施されるために根拠は必ずしも不可欠ではない。
(5)1982年10月6日夜に東京都内の某所で発生した殺人事件、いわゆるテレビ騒音殺人事件の犯人の入院先での様子について、公刊された学術雑誌から他者の講演記事(『法と精神医療』第12号[成文堂、1998年3月30日発行]P1〜17)の一部を盗用して取材をデッチ上げた疑惑だけでなく、統合失調症の犯人を「人格障害者」と断定する虚偽の記述をしている。
(6)上記の殺人事件の犯人の両親について、共産党出身であることを殊更にあげつらい、「(犯人は)なんと両親から民青(共産党傘下の青年組織)入りをオルグされ……」「父親は二二年間、一度も息子を叱ったことがない。」など、如何にも問題ありまくりで、息子を必要以上に甘やかし付け上がらせていたから事件は起きたのだと、悪質な情報操作で貶めている疑惑がある。
(7)1980年8月19日夜に起きた新宿西口バス放火事件について、直接裏付けとなる取材をしないまま、同事件の犯人に関する虚偽の記述をした疑惑がある。
(8)2003年7月に制定され、2005年7月に施行された「医療観察法(心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律)」について、文庫版では一言も触れていない。それどころか、単行本を文庫化する時に医療観察法について言及していた「あとがき」の記述の一部を削除しており、自身の主義主張にそぐわない事実を黙殺した意図的な情報操作の疑義あり。
(9)日本は死刑存置国であり、量刑の上限に死刑がある。死刑の判決及び執行も頻繁に行われているにも関わらず、その固い事実を無視して、「日本は世界一、犯罪者に優しい国であり、量刑が最も軽い国なのである」(P282)とデタラメなことを言っている。因みに「あらゆる犯罪に対する死刑を廃止」した国だけでも、2010年度に世界198ヶ国のうち96ヶ国に達し、EU(欧州連合)加盟国の場合は全て死刑廃止国である。
(10)「刑法や司法精神医学などの各学会やシンポジウムに何度も呼ばれ、そのような専門的な議論の場でも、たくさんの質疑はなされましたが、私の主張が破砕されることは一度もありませんでした。」(P301)と「あとがき」で断言しているが、実際には、ある刑法学者から招かれた本書に関するシンポジウム(勉強会?)を「途中で怒って帰っちゃった*2」疑惑がある。
(11)精神鑑定についてきちんと掘り下げて考察しないまま「科学ではなく、感想文である。」(P116)、「結論先にありきの有罪無罪を誘導するための便宜(フィクション)にほかならないのである。」(P133)など、デタラメを書いている。
(12)精神障害に対する理解が、何十年前に試みられて歴史的大失敗に終わった「反精神医学」に根差している。自然科学としての精神医学の延長線上にある精神鑑定への批判も、反精神医学の認識に極めて近い。
(13)『犯罪白書』の統計データを確信犯的(?)に誤読し、触法精神障害者の犯罪数の「内訳(既遂・未遂・予備等)」を一切明らかにしないまま、悪質な印象操作をしている。
(14)上記の責任主義と並ぶ近代刑法の大原則である罪刑法定主義についても、全く理解していない。裁判を受ける権利も同様である。刑法39条1項*3の「心神喪失」と、同法178条(準強制わいせつ及び準強姦*4)の「心神喪失」の区別もついていない。
(15)「現代日本の司法精神医学や刑法に関する書物の大半は、心神喪失(乱心)による免罪が古今東西を通じてスタンダードであると平気で書き飛ばしてきた。だが実際はそうではない。」(P285)としているが、少なくとも欧米諸国では古代ギリシャ・ローマ時代から免責事項は存在していた。欧米諸国の事例を自説に都合が悪いとして一切紹介しなかった情報操作の可能性がる。
(16)「日本の刑法は心神耗弱および心神耗弱に何の定義も与えず、また制限を加えておらず、混乱と暴走に拍車をかけてきた。」(P288〜289)と言うが、戦前の判例(大審院昭和6年12月3日判決、大審院刑事判例集10巻12号P682)によって刑法上の定義そのものは確立している。刑事裁判では、これに従って判断が下されている。仮に現行刑法を改正し、定義規定を新たに設けたとしても、判例の文言が条文に記載されるだけの話である。判例を「無かったこと」にしているあたり、またしても持論のために読者のミスリードを誘っている。
(17)「私の弟は理不尽に殺され」(P301)と「あとがき」で弟の死因を他殺として書いているが、1997年6月28日に神戸連続児童殺傷事件の犯人の少年が逮捕されるまでは、他の著作等で「学校事故」「教師たちの重大な過失による学校事故で、命を奪われた」「事故死」と明記していた。事実、弟の死が「事故」であることは、当時の新聞報道・裁判記録が証明しており、本書で死因を「他殺」のように書いているのは、虚偽以外の何物でもない。
ざっと、こんな具合ですが、個人的には反証の材料が乏しいため、検証を見送った疑惑もあります。
また敢えて取り上げなかったのですが、本書の論旨及び構成上、個人的に不要であろうと考えたのは、「第11章 刑法四〇条が削除された理由」です。これについては「ガッキィスレまとめサイト@ウィキ『そして殺人者は野に放たれる』11章の検証」でも検証されていますが、日垣センセイは本書の第11章(P187〜202)で、旧刑法40条が聾唖者に対する免責事項を設けていたものの、1995年の刑法改正で削除されたことを引き合いに出して、刑法39条の不要論を唱えているのです。しかし、正直なところ、聾唖者と心神喪失(心神耗弱)者を同列で論じるのには無理がありすぎます。そもそも40条と39条との間に因果関係はありません。単に医学の発達で、聾唖者にも正常な理性が存在することが明らかになったために40条が廃止されただけであって、それを以て39条不要論を振りかざすのは、的外れです*5。要はページ数を埋め合わせるために書かれたような意味不明な章なのです。テーマについてきちんと掘り下げないまま、いい加減なことを書くのが日垣センセイの十八番とはいえ……。
今回で、本書の検証は一応終了しますが、今後も機会があれば「補論」の形で取り上げる可能性もありますので、ご了承下さい。
★参考資料
岩波明『精神障害者をどう裁くか』(光文社新書、2009年4月20日初版第1刷発行)
「ガッキィスレまとめサイト@ウィキ『そして殺人者は野に放たれる』11章の検証」
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*2:或いは「自分の考えを論理的に否定されると感情的になり帰っていった」らしい。→wlstar on Twitter: "@radiosanjo 法学者としても彼の考えが広まることには危機感を感じており、以前彼を招いて勉強会を行ったそうです。しかし、彼は自分の考えを論理的に否定されると感情的になり帰っていったそうです。"
*5:岩波(2009年)P145