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●猪瀬直樹、“反論”の対談
(前回のエントリーの続きから)猪瀬直樹は月刊誌『文学界』(文藝春秋)2002年11月号で、佐藤みどり*1氏を招いて「連載小説「こころの王国」秘話 生きている菊池寛」という対談をしています。
猪瀬 戦前の文藝春秋で菊池寛の秘書だった佐藤碧子さんとは、「こころの王国」の連載が終わって単行本になる時に、対談をしたいと思っていたんです。ところが読売新聞になんともおかしな記事(9月18日夕刊文化面)が出たので、あらぬ誤解を解いておきたいし、読売にきちっと抗議する意味でも、急遽予定を早めました。
(中略)
猪瀬 読売の記事は、まったく事実にもとづいていない思い込みに憶測を重ねた記事で、あきれてしまいました。
佐藤 まるで私が猪瀬さんに対して怒っているみたいに仕立てているでしょ。そんなこと全然ないのに。
猪瀬 読売の記事は、僕が毎月毎月、碧子さんのところに来て、昔話を伺い、原稿を見てもらい、創作の部分の了承を得ていることを知らなかったんでしょう。
佐藤 ええ。なんでも読者の方から手紙が来て、私の本(『人間・菊池寛』)と内容が似ているという指摘があったから会いたいと読売の記者がおっしゃって。でも、猪瀬さんが毎月いらしていると言ったら、驚いていましたよ。
猪瀬 記事のなかで、碧子さんの言葉がとても恣意的に使われているんですね。その経緯は息子さんからお聞きしました。
石井(碧子さんの長男) 九月七日に記者が取材に来た時は同席しました。その取材にもとづくコメント原稿を、記者が九日に電話で読み上げてくれたのですが、その母のコメントがおかしいんですよ。「自由に(私の本を)お使い下さい」と話したあとに続く、「私の著書と似ていると知人からも指摘された。書き方に不満なところがあり、猪瀬氏にはその気持ちを伝えた」というコメントの部分です。私はその記者にはっきり、これでは読者をミスリードすることになるから訂正してくださいとお願いしたんです。
記者の方が何度も「似ているって言われたことありませんか」と母に訊いていましたから、たしかに事情を知らない知人にそういう指摘を受けたこともあって、「はい」って言ったまでで、母の本意ではないからその言葉は削除してくださいと。また、「書き方に不満」っていうのも、猪瀬さんが描く菊池寛像は、ちょっと自分のなかにある菊池寛像と違うんで、それは猪瀬さんにも伝えてありますっていう話をしたんです。そこで電話口で私の意を汲んで訂正したコメントを読み上げてくれたので、それなら結構ですと安心したんですが……。
猪瀬 それが、紙面では変更されていなかった?
石井 直しますと言ったものが直されないで載るというのは、困ったものです。あの記事は、最初から結論があってそこへもっていこうとしていたんじゃないですか。コメントのやりとりの時も、FAXで送って下さいと言ったら、それはできないと言われました。
猪瀬 証拠を残したくなかったのでしょうか。
菊池寛の研究者である片山宏行・青山学院大学教授の「佐藤作品のリライトだとの第一印象を受けた」というコメントも、本人に会ったら全然そんなつもりでないのにとはっきり否定しておられたんです。同じですよ、碧子さんのケースと。
佐藤 片山先生は、ときどき電話してきて「猪瀬さんの連載はおもしろいですね」って言ってましたの。猪瀬さんはいまとっても注目されているから、だから猪瀬さんを引きずり下ろそうとする企画の意図が透けてみえるの。
猪瀬 詩人の弁護士の中村稔さんのコメントも、まるで碧子さんが九十歳だから、僕にうまくまるめ込まれたんじゃないかみたいな印象を与えている。
佐藤 だったら私のところに来てみろォ!噛みついてやる、入れ歯で(笑)。
猪瀬 中村弁護士に編集部が確認しましたら、毎月僕が碧子さんに原稿を見せに来ているにしても、そんな一時間半や二時間ぐらい見せただけでは、原稿を見せたとは言えない、(原稿に)注文を付ける十分な時間に足りないんじゃないかって。本来であれば二日間ぐらい原稿をじっくり置いて、それで見たのでなければいけないんじゃないかって。
佐藤 そんなことお互いに不可能ですよ。それにそんな長い時間、私はいやです。
猪瀬 集中力と信頼関係の問題ですからね。
佐藤 そんなこと言っている人は、文章の世界を知らないのよ。
猪瀬 中村さんは詩人ですけどね。
いま僕のことをいろいろ叩きたい人がいっぱいいるんだ。道路公団の民営化問題で道路族を敵に回してメディアのうえでも目立ってしまうから。
佐藤 そりゃあ、そうよね(笑)。テレビのニュースでいつも見てますよ。週刊誌とかでもいっぱい……。
猪瀬直樹、佐藤碧子「連載小説「こころの王国」秘話 生きている菊池寛」『文学界』(文藝春秋、2002年11月号)P218〜220
また『文学界』は同月号の「こころの王国」連載分の下部ページに次のような断り書きを入れています。
当連載で使用した参考文献は、連載終了後、単行本化の際に掲載いたします。
『文学界』(文藝春秋、2002年11月号)P216
実際、『こころの王国』の単行本巻末には、以下のような記述があります。
菊池寛についてはすでに数多くの既発表資料が存する。本書では特別にお二人へ謝辞を捧げたい。「わたし」のモデルである佐藤碧子さん。彼女との二年間にわたる問答や、『人間・菊池寛』などの著書、作品から多くのインスピレーションを与えられた。また、青山学院大学文学部教授片山宏行さんからは『菊池寛の航跡ー初期文学精神の展開』に代表される優れた論文を通じて菊池寛像を彫琢するためのヒントをいただいた。
猪瀬直樹『こころの王国』(文藝春秋、平成16年4月25日第1刷発行)P295
●盗用騒ぎは終息したが……
結局、『こころの王国』の盗用騒ぎは、猪瀬が佐藤氏本人から『人間・菊池寛』を下敷きにするに当って快諾を得ており、著作権法上は問題無しと判明してからは終息していきました。
もっとも、猪瀬は2003年9月に再刊した『人間・菊池寛』(新風舎)の解説の中で、矢崎泰久氏に恨みがましい当てつけをしています。
最近、著者の甥が『口きかん わが心の菊池寛』(矢崎泰久著)を出版した。矢崎泰久は著者の妹の長男である。読んで一驚した。見たことも聞いたこともないエピソードがちりばめられている。事実だとしたらたいへんだ。「叔母(著者)と私の両親から聞いた話を事実と受けとめ重視」して書いた、とあとがきに記されている。
(中略)
「一から十まで、ぜ〜んぶ、デタラメ!」と、碧子さん、大憤慨である。惘れ(原文ママ)返っている。いちいちのエピソード、作り話のオンパレードよ、と苦笑しながら、「祥夫と命名したのは私ですから。菊池寛は関知していません」と不肖の甥の“事実”に悲しい顔された。ふつうの読者は「叔母(原文ママ)から聞いた話」とあれば信じてしまう。
『口きかん』の本文扉にきわめて小さい文字で「この物語に登場する人物は、すべて実在している。歴史的な事実も踏襲している。しかし、あくまで筆者によるフィクションであることをお断りしておきたい」と書いているが、気づく読者は少ないだろう。あとがきで「事実」と書き本文扉で「フィクション」と断わる矛盾。同じ扉に「死人は口きかん」ともある。菊池寛と佐藤碧子の美しい物語に対する冒涜である。
佐藤碧子『人間・菊池寛』(新風舎、2003年9月25日初版第1刷発行)P313
猪瀬は矢崎氏に『こころの王国』を散々批判された私怨を忘れていなかったようです。わざわざ『人間・菊池寛』の解説で1ページも割いて大々的にやっているのですから、小さい男というか……。そもそも、自分も盗用騒ぎを引き起こしておきながら「菊池寛と佐藤碧子の美しい物語に対する冒涜である。」など、何を言っているのやら。
★参考資料
こころの王国 菊池寛と文藝春秋の誕生 - Wikipedia
http://www.inose.gr.jp/news/post1022/
http://www.47news.jp/CN/200807/CN2008070701000324.html
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*1:佐藤碧子(さとう・みどり、さとう・みどりこ)とも表記する。本稿では便宜上、「佐藤みどり」で統一する。→ 佐藤碧子 - Wikipedia