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日垣センセイ、例によって例のごとくボソボソした喋り方で、毒にも薬にもならない自慢話をしています。
●猪瀬直樹『こころの王国』の盗用騒ぎ
事の発端は、読売新聞の報道でした。猪瀬直樹が月刊誌『文学界』(文藝春秋)2002年4月号から連載中だった文豪・菊池寛が主人公の小説『こころの王国』について、読売は2002年9月18日付夕刊で「猪瀬直樹氏が酷似表現 佐藤みどり*2著「人間・菊池寛」とモラル巡り評価二分」と題し、盗用疑惑の告発記事を掲載したのです。
猪瀬直樹氏が酷似表現 佐藤みどり著「人間・菊池寛」とモラル巡り評価二分
作家の猪瀬直樹氏(55)が文芸春秋(原文ママ)刊行の文芸誌「文学界」に連載中の「こころの王国」が、佐藤みどり著「人間・菊池寛」(一九六一年、新潮社)の内容と酷似しているとの声が上がっている。猪瀬氏は「佐藤さんの了解を得た」としているが「作家としてのモラル違反」「いや許容範囲」ーと評価が分かれている。著作権上は問題が無いとしても、議論を呼びそうだ。(文化部取材班)
◆文芸誌連載中の「こころの王国」で
「こころの王国」は「文芸春秋80周年記念企画」として、同誌の今年四月号から連載が始まった。同社の設立者で流行作家でもあった菊池寛の昭和初期の活躍を、女性秘書の「私」の目でとらえた小説。しかし男性編集者・馬海松を加えた主要登場人物三人の性格づけ、エピソードやストーリー展開は、菊池の秘書だった佐藤みどりさん(90)の実録小説「人間・菊池寛」と極めて似通っている。文章、会話表現も似た個所が数多く見られる。
「文学界」編集部では、十一月号から、参考文献は連載終了時にまとめて明記する旨、付記することを決めた。
佐藤さんは、菊池寛の個人秘書として昭和初期から長く務め、その後、直木賞候補作家になった。「人間・菊池寛」の裏表紙には、川端康成が、〈この作者以外の者には知られぬ菊池氏がここに生かされて、得がたい記録でもある〉と評を寄せている。
佐藤さんは「二月上旬ごろ突然、猪瀬さんから私の本を小説の材料に使いたいとの申し出があり、忘れられていた本に脚光を当ててくれるという志がうれしくて、自由にお使い下さいと答えた」と話す。その後も、毎月一回、約一時間ほど猪瀬氏の訪問を受けているという。しかし、「私の著書と似ていると知人からも指摘された。書き方に不満なところがあり、猪瀬氏にはその気持ちを伝えた」と話す。
「猪瀬直樹氏が酷似表現 佐藤みどり著「人間・菊池寛」とモラル巡り評価二分」『読売新聞』(2002年9月18日付夕刊)
さらに読売は同記事中で両作品の類似点の一部を比較対照する形で指摘しました。
◆両作品の似ている部分(一部)
〈人間・菊池寛〉
(1)みどりは、何ごとかと先生の机のそばにいった。「これから、新宿の武蔵野館に行って、場内のありさまを、スケッチして来てくれませんか。できれば、原稿紙に三、四枚でいいです。もう、社には、もどらなくてもいいですから、明日、午前中に雑司ヶ谷の僕の家の方に持って来て下さい」(22ー23ページ)
(2)「お母さんは、おいくつ……?」「五十七です」「お丈夫(じょうぶ)……?」「いいえ、とっても弱いんです」「それじゃあ、貴女が早く偉くならないといけないね」(42ページ)
(3)九時時分になると、家の前を「きんちゃん豆。あまい、きんちゃん」とか、「おいなアりさアん」と、もの売りのよび声が通って行く。この家は、酉の市のたつ大鷲神社の近くで、吉原遊郭にも近かった。(48ページ)
(4)薄紫色の和服を着た、美しい女のひとが、白と黒のスコッチ・テリヤのレッテルのついたウィスキーの壜と、グラスを二つ運んで来た。「このお嬢さんには、ジンフィーズを作ってあげて」(85ページ)
〈こころの王国〉
(1)突然、先生に呼ばれました。「あのね、これから新宿の武蔵野館に行って来てください。映画館の様子をスケッチしておいてほしいんです。原稿用紙で数枚。ああ、もう社にはもどらなくてもいい。今晩中に書いて明日の朝、雑司ヶ谷の僕の家に届けてくれればいい」(連載第2回、219ページ)
(2)「母上はお幾つかね」「はい。五十七歳です」「ご健康ですか」「いいえ、丈夫ではありませんわ。気力の面でとくに」「それならあなたがしっかりしないといけない」(第4回、208ページ)
(3)朝になると「おいなアりさアン」ともの売りの声が通り過ぎて行きます。東側の電車通りの反対側が鷲(おおとり)神社で、十一月になると酉(とり)の市で賑わいます。さらにその向こう側は吉原遊郭です。(同、205ページ)
(4)薄紫色の和服を着た美しい女の人が現れた。ここのマダムらしい。スコッチの壜とウィスキーグラスを二つ運んで来た。「このお嬢さんには、ジンフィーズを作ってあげて」(第5回、227‐228ページ)
「猪瀬直樹氏が酷似表現 佐藤みどり著「人間・菊池寛」とモラル巡り評価二分」『読売新聞』(2002年9月18日付夕刊)
瓜二つと言えるほど、表現が似通っていますが……念のため、佐藤みどり『人間・菊池寛』(新潮社、1961年3月11日印刷、1961年3月15日発行)と『こころの王国』(文春文庫、2008年1月10日第1刷)を改めて照合すると、以下の通りです。
『人間・菊池寛』
(1)みどりは、何ごとかと先生の机のそばにいった。「これから、新宿の武蔵野館に行って、場内のありさまを、スケッチして来てくれませんか。できれば、原稿紙に三、四枚でいいです。もう、社には、もどらなくてもいいですから、明日、午前中に雑司ヶ谷の僕の家の方に持って来て下さい」(22ー23ページ)
(2)「お母さんは、おいくつ……?」「五十七です」「お丈夫(じょうぶ)……?」「いいえ、とっても弱いんです」「それじゃあ、貴女が早く偉くならないといけないね」(42ページ)
(3)九時時分になると、家の前を「きんちゃん豆。あまい、きんちゃん」とか、「おいなアりさアん」と、もの売りのよび声が通って行く。この家は、酉の市のたつ大鷲神社の近くで、吉原遊郭にも近かった。(48ページ)
(4)薄紫色の和服を着た、美しい女のひとが、白と黒のスコッチ・テリヤのレッテルのついたウィスキーの壜と、グラスを二つ運んで来た。「このお嬢さんには、ジンフィーズを作ってあげて」(85ページ)
『こころの王国』
(1)「あのね、これから新宿の武蔵野館に行って来てください。映画館の様子をスケッチしておいてほしいんです。原稿用紙で数枚。ああ、もう社にはもどらなくてもいい。今晩中に書いて明日の朝、雑司ヶ谷の僕の家に届けてくれればいい」(21ページ)
(3)朝になると「おいなアりさアン」ともの売りの声が通り過ぎて行きます。東側の電車通りの反対側が鷲神社で、十一月になると酉の市で賑わいます。さらにその向こう側は吉原遊郭です。(44ページ)
猪瀬は上記の読売からの指摘が痛かったのか、単行本(文庫版)収録に当たっては(2)及び(4)を連載分から丸ごと削除しているのが分かります。
また猪瀬は読売の取材に対し、次のようなコメントもしています。
改めて猪瀬氏に、「こころの王国」の創作意図を聞いた。
「佐藤さんには連載のゲラを毎月届けて了解を得ているし、新たなヒアリングもしている。表現も意識して変えている。問題はないはずだ。佐藤さんの作品は、あくまで素材として使っている。
『こころの王国』は、『ペルソナ 三島由紀夫伝』などの評伝三部作からさらに飛躍するため、全力を傾けて書いている。太宰治の『女生徒』の手法にならって、他者の書いた素材を再構成し、実証を固め、さらに私なりのフィクションを加えている。これまで純文学にも中間小説にもなかった、新しい方法論を問題提起しているつもりだ。
この作品は、私の道路公団民営化委員としての活動とも深くつながっている。自由主義者・菊池寛は生涯、官僚や左翼思想と戦い続けた。また、『通俗作家』というレッテルを張られ(原文ママ)たが、彼の文学観は純文学と通俗小説との垣根を越えたところにあった。今、この作品を発表するのは、彼の再評価が今の時代に必要だからだ。作品は三部構成で、まだ三分の一が終わったばかりだ。完結してからの批判ならばいくらでも受ける」
「猪瀬直樹氏が酷似表現 佐藤みどり著「人間・菊池寛」とモラル巡り評価二分」『読売新聞』(2002年9月18日付夕刊)
作品とは直接関係ない道路公団民営化委員としての自身を菊池寛に擬えるなど、如何にも自己愛の強い猪瀬らしいですが、この時点では「完結してからの批判ならばいくらでも受ける」と豪語していました。
しかし、その後も読売は2002年10月2日付夕刊で猪瀬と小森陽一氏の主張を両論併記の形で載せた「猪瀬氏「こころの王国」」という告発記事の第2弾を発表し、この問題をさらに追及していきました。さらに佐藤みどりの甥で雑誌『話の特集』(廃刊)元編集長の矢崎泰久氏も『週刊金曜日』の連載「話の特集 写真戯評」で同問題を批判的に取り上げたのです。
最近になって、私の身辺を騒がせるような奇妙な事件を猪瀬が惹き起こした。文藝春秋八〇周年を記念して『文学界』で「こころの王国」なる小説を連載中なのである。これは明らかに私の伯母(母の姉)でもある佐藤みどりの小説『人間・菊池寛』(一九六一年新潮社刊)からの剽窃であり、盗作とも言える。本人の了解を得ていると猪瀬は平然としているが、その理屈は通らない。文学は人間の顔を直すのとはわけが違う。いくら化粧を施したところで、他人のものを自分のものにしてしまうのは、賤しい行為である。
伯母は一時期、菊池寛の秘書で愛人だった。戦後、いったん解散したあと、池島信平らが文藝春秋新社をつくるが、伯母と菊池との関係についてはずっと封印されてきた。新潮社からその秘密を公開する著書を出したことで、小説家だった彼女は文壇から干された。現在は養老院で生活している。
矢崎泰久「話の特集 写真戯評」第36回『週刊金曜日』(2002年10月25日号)P43
矢崎氏からも「剽窃であり、盗作とも言える。」と痛烈に批判されるなど、広がる波紋に業を煮やしたのか、猪瀬は急遽『文学界』2002年11月号で佐藤みどり氏本人を招いて「反論」形式の対談をするのですが、次回はそれらを検証していきます。
★参考資料
こころの王国 菊池寛と文藝春秋の誕生 - Wikipedia
http://www.inose.gr.jp/news/post1022/
http://www.47news.jp/CN/200807/CN2008070701000324.html
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*1:法科大学院の劣等生ー検証・日垣隆「続・受賞歴、大学講義出席の謎」 - KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)
*2:佐藤碧子(さとう・みどり、さとう・みどりこ)とも表記する。本稿では便宜上、「佐藤みどり」で統一する。→ 佐藤碧子 - Wikipedia