KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)

主に作家の日垣隆、猪瀬直樹、岩瀬達也、岡田斗司夫、藤井誠二などを検証しているブログです。

ピカレスクの肖像ー検証・猪瀬直樹『ミカドの肖像』盗用疑惑(その四)

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●草野洋氏、猪瀬直樹の放言に対し、怒りの反論告発!

 会員制月刊誌『ベルダ』(2012年12月号)の告発記事「■猪瀬直樹にもあった「ネタ本隠し」の過去 大宅賞作品『ミカドの肖像』 参考文献リストにも載せず」の有料部分(雑誌本体)から。

 データマンが証言

 しかし九年後の九五年、ひょんなことから、草野の怒りに火がつく。

 このころ、評論家の佐高信が月刊誌『噂の真相』(休刊中)のコラムで感情的に猪瀬批判を繰り返していた。それに対して猪瀬が「反駁する!」と題した見開き二ページの記事を同誌九五年九月号に寄稿した。草野が反応したのは、猪瀬による次の記述だった。

 《『ミカドの肖像』が出るまで西武グループやその総帥堤義明への批判はいっさいタブーで、むしろちょうちん記事のみだった》

 同誌翌一〇月号の「読者の場」に投稿した草野は、猪瀬の「反駁」を引用し、その内容を否定したうえでこう噛みついた。

 《『ミカドの肖像』のデータを集めた池田房雄が言う。「『週刊ポスト』で連載する四カ月前から取材を始め、草野さんの『西武商法悪の構図』(原文ママ)がヒントになったのは確かだし、猪瀬さんにも渡してあるから知らない筈がない」と言い切る。猪瀬の下でデータ集めをした本人がそう言っているのである》

「■猪瀬直樹にもあった「ネタ本隠し」の過去 大宅賞作品『ミカドの肖像』 参考文献リストにも載せず」月刊誌『ベルダ』(2012年12月号)P49


 月刊誌『噂の真相』(1995年9月号)には、猪瀬直樹佐高信「筆頭両断!」の批判に反駁する!」と題した記事が確かにありました。そこでやはり猪瀬は次のように自信たっぷりに断言していました。

 本誌の読者は若い人が多いようだからちょっと図書館で確かめてほしいが、ミカドの肖像』が出るまで西武グループやその総帥堤義明への批判はいっさいタブーで、むしろちょうちん記事のみだった。いまでこそ堤義明は批判のほうが受けるが、当時はまったくそうではなかった。連載中、出版関係者はハラハラして注目していたのである。西武が恐れたのは佐高の遠吠えでなく、実証的な調査報道であることが証明されたのだった。そんなことも佐高に説明したが、忘れてしまったようだ。

猪瀬直樹佐高信「筆頭両断!」の批判に反駁する!」月刊誌『噂の真相』(1995年9月号)P101


 他方、草野洋氏は同誌次号で以下のように反論告発していました。

 猪瀬直樹にもの申す

 佐高信猪瀬直樹の低レベルのケンカに割り込む気はないが、本誌九月号の“佐高信の「筆刀両断」に反駁する!”の猪瀬の一文を読んで、そのあまりの怠慢と思いあがりに呆れている。
 
 猪瀬は、「図書館で確かめてほしいが、ミカドの肖像』が出るまで西武グループやその総帥堤義明への批判はいっさいタブーで、むしろちょうちん記事のみだった。いまでこそ堤義明は批判のほうが受けるが、当時はまったくそうではなかった……(傍点筆者)、と書いている。

 確かにちょうちん記事が多く、“西武批判”は割合からいえば少なかったが、坂口義弘、上之御利昭、早川和廣、そして筆者らは、さまざまな圧力の中で“西武批判”をつづけていた。私ごとで恐縮だが二十年もつづけている。そしてそれらが「図書館にない」とは言わせない。

 筆者は『ミカドの肖像』が出版される約十年前から“西武批判”を書いている。それをあたかも自分が“西武批判”の先鞭をつけたがごとく言いきるのは怠慢のそしりをまぬがれ得まい。いわんや、われわれが書いたものを参考にして『ミカドの肖像』とくにプリンスホテルと宮家の土地に関する取材をしているのにである。ミカドの肖像』のデータを集めた池田房雄が言う。

 「『週刊ポスト』で連載する四カ月前から取材を始め、草野さんの“西武商法悪の構図”がヒントになったのは確かだし、猪瀬さんにも渡してあるから知らない筈がない」と言い切る。猪瀬の下でデータ集めをした本人がそう言っているのである。

 拙著「西武商法悪の構図」は、昭和五十八年三月に出版している。猪瀬は昭和六十年一月十八日号から昭和六十一年八月一日号まで七十六回連載し同年十二月に第一刷発行となっている。そして「ヒントになった」と池田が言い単行本のオビ文にもなっているプリンスホテルと宮家の土地に関する記述は、まぎれもなくこの部分である。

 「この部分がなければ、猪瀬の『ミカドの肖像』はどうということもないし、大宅賞も受賞していないだろう」という声しきりである。

 大手出版社の潤沢な資金(約三千万円)でデータマンを四人*1も使い、そうして取材したものをアンカーマンとして書いたという猪瀬の手法をどうこう言うのではない。ただ大マスコミに迎合せず、自分の忙しい取材費と自分の足と、自分の時間でレポートしている者もいることを猪瀬は知っているのだろうか。

 拙著を無視されて文献リストにもないことを憤っているのではなく、知識をひけらかす「偏差値人間」猪瀬直樹の枯渇した精神の荒廃をあわれむのである。

 (草野洋 ジャーナリスト)

「読者の場」月刊誌『噂の真相』(1995年10月号)P132

 草野氏の投稿からは自著を、先行取材(研究)の成果を猪瀬によって『ミカドの肖像』の土台にされながらも、本文及び参考文献では黙殺されたことに対する無念が滲み出ています。「図書館で確かめてほしいが、ミカドの肖像』が出るまで西武グループやその総帥堤義明への批判はいっさいタブーで、むしろちょうちん記事のみだった。いまでこそ堤義明は批判のほうが受けるが、当時はまったくそうではなかった。」という猪瀬の主張など、事実誤認、厚顔無恥も甚だしいですな。まあ、ここまで言い切っていた以上、猪瀬は草野本らのネタ本隠しに血道を上げざる得なかったでしょうが……。
 

ミカドの肖像(小学館文庫)

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ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫)

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*1:実際には、『ミカドの肖像』のデータマンは池田房雄氏と岩瀬達哉の二人である。