KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)

主に作家の日垣隆、猪瀬直樹、岩瀬達也、岡田斗司夫、藤井誠二などを検証しているブログです。

ピカレスクの肖像ー検証・猪瀬直樹『ミカドの肖像』盗用疑惑(その壱)

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 ・ゲイ六輔さんにまた教えていただきましたが(ゲイ六輔さん、情報提供ありがとうございます)、荒井香織氏のツイートから。

 膨大なテキストを読みこみ、微に入り細を穿ったまとめサイトを作ってる壮大なヒマ人を「蠅」と一文字で表象する唐沢俊一氏。いいぞ!

20:41 - 2012年9月15日

 これは、吉田豪氏によるインタビューの中で、唐沢俊一が自身の盗用などを検証しているサイトのことを「蠅」呼ばわりしている発言を絶賛しているのでしょうが……佐野眞一の盗用について「膨大なテキストを読みこみ、微に入り細を穿ったまとめサイトを作ってる」張本人が言うことなのか。しかも、唐沢の盗用はスルーとか、相変わらずのダブルスタンダード。日垣センセイの盗用に加担した自身の過去を棚の最上段に上げ、恩人と慕う猪瀬の盗用疑惑にも突っ込めない偽善者には無理なのでしょうが。

 ・日垣センセイが第3回新潮ドキュメント賞の選考委員だった柳美里と親交を結んでいたことを前回のエントリーで少し検証しましたが、両者は少なくとも2001年3月頃から面識があったことは確実なようです。日垣センセイが第7回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞・作品賞を受賞した際、柳も同賞を授賞しており、共に神楽坂の日本出版クラブで行われた授賞式に出ていたことが、月刊誌『噂の真相』の記事にも載っています。余談ながら、『噂の真相』も同賞のスクープ賞(月刊誌部門)を受賞し、授賞式には編集長の岡留安則氏が出席していました。

 会場には今回受賞となった「週刊朝日」「フォーカス」「文藝春秋」の編集者の他、「週刊ポスト」連載「命」で作品賞を取った柳美里や、日垣隆氏の顔もあり、体調不良が伝えられる本田靖春氏は代理出席だった。

「●2年連続「雑誌ジャーナリズム賞」スク−プ賞を受賞!授賞式で3年連続受賞への抱負を語る編集長とあの柳美里がニアミス!」(2001/3/30)

 柳は日垣センセイのツイートをお気に入りに登録するなど、日垣センセイが映画評論家の町山智浩さんの出自をあげつらったヘイトスピーチをした後も、素知らぬ顔で高く評価していたようです。在特会ヘイトスピーチには、いたくご立腹だったにも関わらず……*1

 在特会ヘイトスピーチには激しく憤ってみせながら、「お友達」の日垣センセイには沈黙するこれまたダブルスタンダード。柳も藤井誠二の同類のようです。


猪瀬直樹、ネタ本の著者とトラブルになっていた過去が!?

 本題。かつて日垣センセイも連載していた会員制の月刊誌『ベルダ』(2012年12月号)にも、「■猪瀬直樹にもあった「ネタ本隠し」の過去 大宅賞作品『ミカドの肖像』 参考文献リストにも載せず」と題した猪瀬直樹の告発記事が載っていました。記事そのものは有料ですが、ここからネット上に無料で公開されている部分を中心に引用します。

 しかし、その猪瀬にも佐野を嗤えない過去がある。大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した出世作ミカドの肖像』(小学館、以下「ミカド」、1986年12月刊)には「ネタ本」があったが、その事実について一切口をつぐんでいるのだ。
 そのネタ本とは『堤義明 悪の帝王学』(早川和廣著、エール出版(原文ママ)、以下「帝王学」、81年12月刊)と『西武商法 悪の構図』(草野洋著、同、以下「悪の構図」、83年3月刊)である。しかし「ミカド」の本文中に、注釈・引用文の類はなく、参考文献にも書名は載っていない。

(中略)
 
 実は「ミカド」のデータマンは2人いた。『白い血液 エイズ上陸と日本の血液産業』などの著作があるジャーナリストの池田と、『年金大崩壊』などを著したジャーナリストの岩瀬達哉である。
 その池田が言う。
 「猪瀬氏に草野氏の『悪の構図』を渡したのは事実です。『ミカド』の連載が始まる1年ほど前から取材や資料集めを始めたが、実は草野氏の本が出る直前に、僕は月刊誌『現代の眼』で西武鉄道のことを記事にしていて、そのとき草野氏からコメントをもらっていた。その記事のコピーと一緒に草野氏の本を猪瀬氏に渡しました」

(中略)
 
 池田によると、1980年代に入って、猪瀬が「天皇陛下が亡くなったときにどうなるのか」をテーマに『週刊ポスト』で書くという話が決まり、池田らは古本や雑誌記事、新聞記事などありとあらゆる皇室関係の資料を集め、読みこんだという。
 「古本は2000冊くらい集めたのではないか。大宅文庫で探すと物凄い量の雑誌記事が出てくる。勘を頼りにその中から新しく面白そうなものを探そうとするが、天皇陛下はマスコミにやり尽くされたテーマで、新しいものなんてほとんどありませんでした」(池田)
 目新しい資料が乏しい中、「帝王学」や「悪の構図」、池田の記事が切り込んだ「西武鉄道の土地」には斬新な視点があり、結果としてそれが「ミカド」の核心部分になった。だが「ミカド」はネタ本の存在を隠した体裁になっている。
 複数のマスコミ関係者は、草野が「猪瀬にネタをパクられてさ、問い質そうと追い掛けたら逃げやがってさ……」と話していたのを記憶している。
 前述の投稿で草野は《「この部分がなければ、猪瀬の『ミカドの肖像』はどうということもないし、大宅賞も受賞していないだろう」という声しきりである》《拙著を無視されて文献リストにもないことを憤っているのではなく……》と書いていたが、実際は怒っていたのだ。
 「『ミカド』の連載がポストで始まってからだと思うが、草野氏の視点を使った記述があるのに、出典も何もないから、これちょっとあぶないよ。こういう書き方はよくないんじゃない? と猪瀬氏らに苦言を呈したことがあった。すると『そんなことはない』と怒ったような態度をされました」(池田)
 『噂の真相』に草野の投稿が載った後、猪瀬から池田に深夜、電話が入った。草野の投稿に池田のコメントがあったことを猪瀬は咎めたが、池田はこう反論したという。
 「事実じゃないですか。ノンフィクションをやっている人間がウソを言ってどうするのか? 僕が何であなたをかばわなければいけないのか?」
 池田は言う。
 「草野氏の視点は第㈵部(原文ママ)『プリンスホテルの謎』全体に関わってくる問題です。ノンフィクションはゼロからは生まれない。土台があって、そこへさらに積み上げ、引き継がれていくものです。後から続くライタ―たちがわかるようにしておかなければフェアじゃない」

(後略)

「■猪瀬直樹にもあった「ネタ本隠し」の過去 大宅賞作品『ミカドの肖像』 参考文献リストにも載せず」月刊誌『ベルダ』(2012年12月号)


 「『白い血液 エイズ上陸と日本の血液産業』などの著作があるジャーナリストの池田」とは、『白い血液 エイズ上陸と日本の血液産業』(潮出版社)の著者であり、東京新聞(2013年12月19日夕刊)で『ミカドの肖像』(小学館文庫)のネタ本を告発していた池田房雄氏のことでしょう*2。その池田氏こそ『ミカドの肖像』のデータマンの一人だったこと、そして池田氏のより詳細な証言によって、当時、猪瀬がネタ本の著者・草野洋氏との間でトラブルになっていた事実が伺えます。しかも、上記のベルダ記事によると、もう一人のデータマンが『週刊現代』で雑誌そのものが廃刊になってもおかしくないトラブルを起こしていたあの岩瀬達哉……*3

 池田氏が猪瀬の『ミカドの肖像』の取材に協力していたことは、ネット上の「池田房雄著作目録」にも明記されています。

●取材協力
1) 猪瀬直樹昭和16年夏の敗戦』(1983年8月、世界文化社、文春文庫)
2) 猪瀬直樹『死者達のロッキード事件』(1983年12月、文藝春秋、文春文庫)
3) 猪瀬直樹ミカドの肖像』(1986年12月、小学館新潮文庫
4) 「デパート・スーパーが怯える家電ゲリラ」(真鍋繁樹「ニッポン安売り戦争最前線レポート(1)」、「週刊現代」1983年8月13・20日号)
5) 「定価崩しの仕掛人たち(2)」(上同、1983年8月27日号)
6) 「日用雑貨ディスカウンターの挑戦状(3)」(上同、1983年9月3日号)
7) 「日本のいちばん長い日 35年目の真相」(猪瀬直樹、「週刊ポスト1984年8月24日号)

 
 尚、同サイトの「池田房雄」のページによると、池田氏のプロフィールは以下の通りです。

1950年(昭和25年)2月15日、高知県高岡郡中土佐町に生まれる。
1970年4月、法政大学文学部英文学科に入学。
1976年3月、同大学学科を卒業。建設業界紙、政界紙へて、1980年秋にフリーライターに転向。
週刊現代」「週刊ポスト」の長期連載担当取材記者をへて、86年から週刊誌や総合雑誌を中心にノンフィクションを執筆。テーマは薬害エイズ事件。 書評は月に一本程度書き、「週刊読書人」のノンフィクション年末回顧文の執筆は、すでに10数年におよんでいる。
91年4月よりジャーナリスト専門学校専任講師。2009年4月同校退職。
趣味は古本収集と散歩。

 池田氏も猪瀬とほぼ同世代で、著作はさほど多くはないものの、今日のノンフィクション界の先達だったようです。

 さて、猪瀬がトラブルになっていた草野洋氏とは、在京テレビ局のニュース番組に出演するなど、業界ではフリージャーナリストの草分け的存在だったようです*4。但し、晩年は金銭問題などのスキャンダルを抱えていたとか。

 草野氏の師匠筋(?)らしい朝堂院大覚氏のブログ『朝堂院大覚 国家国民提言』「猪瀬直樹は石原金太郎(原文ママ)と同体質の偽物である」によると、草野氏は猪瀬に再三抗議しており、晩年に至るまで怒り心頭だったそうです。

 特に猪瀬は、作家として盗作事件を過去に起こしている問題ある人物であり、あまりにも悪質な手口で、大家庄一(原文ママ)ノンフィクション賞を勝ち取ったのである。それは作家草野洋が10年にわたって追求して書き上げた「西武商法 悪の構図」を猪瀬直樹がそっくりそのまま書き換えたのが「ミカドの肖像」であり、その「ミカドの肖像」でノンフィクション大賞を獲得したのである。それを知った草野が、自分の長年にわたる取材と情報によって手作りで作り上げた作品を猪瀬にパクられたことに対して怒り狂い、猪瀬に抗議をし続けたが、猪瀬は逃げ回り、なんの釈明もせず、放置したままの状態である。そのことで草野は怒り過ぎたことによって体調を崩し、無念の死を遂げたのである。草野は死ぬ前に「猪瀬はパクリの盗作常習犯である。猪瀬だけは死んでも許すわけにはいかない。」と遺言を残した。その草野洋は私の弟子であり、野武士的作家として正義を貫いた質実剛健肌の人物であった。また、猪瀬や金太郎(原文ママ)とは全く違った本物の作家である。

 ただ、この朝堂院氏、公式サイト(?)からして剣呑で胡散臭い雰囲気がするので、上記の証言の信憑性には疑問符が付きますが。

 いずれにせよ、猪瀬が自身の代表作と言うべき『ミカドの肖像』で盗用騒ぎを起こしていたことは間違いないようです。


★参考資料

編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞 - Wikipedia

uwashin.com - このウェブサイトは販売用です! -&nbspuwashin リソースおよび情報

猪瀬について色々 - Living, Loving, Thinking, Again

バックナンバー: A012年12月号A��オバマ再選で米経済は復活するか - 混迷の時代を読む総合情報誌月刊ベルダ

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探偵ファイル〜スパイ日記〜/ある有名ジャーナリストが失踪/鉄ちゃん(元全国紙記者)

草野洋 - Wikipedia

朝堂院大覚 国家国民提言: 猪瀬直樹

ミカドの肖像(小学館文庫)

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ピカレスク 太宰治伝 (文春文庫)

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ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫)

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