言霊の力ー検証・猪瀬直樹「東京五輪招致舌禍事件」（その参）

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●猪瀬直樹の放言に、トルコのエルドアン首相も激怒！

（前回のエントリーからの続き）東京都知事の猪瀬直樹氏が、4月26日付のアメリカのニューヨークタイムズ紙とのインタビューで投下した爆弾ですが、爆発の余波が現在も続いています。

In Promoting His City for 2020 Games, Tokyo’s Bid Chairman Tweaks Others

2020年の夏期五輪招致をめぐり、猪瀬直樹東京都知事が他の候補都市を酷評（） | 現代ビジネス | 講談社（1/4）

日本側の報道によると、5月3日、トルコを訪問した安倍総理はアンカラ市内のホテルで開催された日本トルコ経済合同委員会の会合にて「もしイスタンブールが五つの輪を射止めたら、私は誰より先に『イスタンブール万歳』と言いたい」「東京が五つの輪を射止めたら、トルコの皆さん、誰よりも早く万歳と叫んでいただきたい」と呼びかけ、トルコにエールを送りました*1。さらに安倍総理は、トルコのエルドアン首相との首脳会談でも「猪瀬知事は不適切な部分をおわびして撤回している。五輪憲章とフェアプレー精神にのっとってお互いにベストを尽くそう」と呼びかけ、これにはエルドアン首相も笑顔で「感謝したい」と応じたそうです*2。猪瀬放言でギクシャクした日本とトルコとの関係修復を目指し、友好ムードの演出に腐心していたのが伺えます。

しかし……トルコ側の報道によると、エルドアン首相は安倍総理との共同記者会見の席上、「しかし、私は（安部）総理に、あなた方は一度オリンピックをなさったのですから、このオリンピックからは身を引いて下さい。今回は我々がやりますよ。東京都知事に指示してくれるでしょう」と皮肉たっぷりの社交辞令を述べ、日本側に釘を刺すことを忘れなかったそうです*3。5月3日付のトルコの『Milliyet』紙の他、『TRTHABER 』紙もエルドアン首相の発言を報じています*4。表向きはにこやかに歓待しながらも、感情的なしこりは残っているようです。まあ、当然と言えば当然の反応です。トルコの閣僚は英語に堪能な方が多いですから、例のニューヨークタイムズの記事も既に原文で読んでいるでしょう。トルコ政府内でも悪い意味で大騒ぎになっていた可能性もあります。日本の総理が7年ぶりにトルコを訪問する、絶妙なタイミングでしたから。トルコ人は（個人差はあるが）良くも悪くもプライドが高く、トルコ民族として、イスラム教徒として、さらにオスマン帝国の末裔として、自国の文化や歴史、宗教を誰よりも誇りに思っています。世俗化が進んでいるとはいえ、普段イスラムに無頓着な人々も、外部からあからさまに自分たちの信仰を侮辱されたとあっては、不愉快の極みでしょう。その誇り高いトルコ人の名誉を傷つけ、イスラムを冒涜するような猪瀬氏の放言に、トルコの首相が内心では怒り狂っていたとしても何らおかしくはありません。

因みに『Milliyet』紙は、5月1日付で猪瀬氏の放言を「イスラモフォビア発言*5」という見出しで痛烈に批判する記事も掲載していました*6。

そもそもニューヨークタイムズの記事はインターネット上にてほぼ無料で閲覧可能であり、しかも原文は英文のため、英語に堪能であればトルコの閣僚だけでなく、全世界のイスラム教徒（約15億人）が自由に読んで理解することが可能です。無論、国によっては検閲などで閲覧不可能なところもあるでしょうが、それだけの影響力があるということです。猪瀬氏の放言は、ともすれば、記事を読んだトルコ以外のイスラム教徒たちも激怒させかねない最悪の爆弾だったのです。仮に猪瀬氏が発言を撤回、謝罪しないで突っぱねていたら……。

それでなくても、猪瀬氏は自らの舌禍事件によって、自国の総理にわざわざ頭を下げさせ、日本とトルコ、ひいてはイスラム世界との友好関係にまでヒビを入れるどころか、日本の国益、名誉、信頼、対外イメージにまで深刻な悪影響を及ぼしかねない大失態を犯したのですから、弁解の余地は一切ありません。事は単に東京都、東京2020オリンピック･パラリンピック招致の問題に限らないのです。もし猪瀬氏が「相手が世界有数の親日国だから……」と気を緩めて放言をかましたのだとすると、それこそ甘えであり、驕り以外の何物でもありません。軽い冗談のつもりでも、宗教などの話題では一切通じないことがあるのは、常識中の常識でしょうが。

尚、猪瀬氏の謝罪については、安倍総理の訪問前、トルコのイスタンブール2020オリンピック・パラリンピック招致委員会も公式ツイッターで謝罪の受け入れと日本との友好を謳うツイートをしていました。

Minister of Youth and Sports Suat Kılıç: "We accept the apology of the Governor of Tokyo."

2013年5月2日 - 22:11*7

"It is our hope that the competition between candidate cities continue in a friendly manner and in accordance to the IOC criteria."

2013年5月2日 - 22:12*8

"We place the utmost importance on the friendship and mutual respect between the peoples of Turkey and Japan that date back for centuries"

2013年5月2日 - 22:12*9

"We love Japanese people and know that they have sincere and warm-hearted feelings towards Turkish people."

2013年5月2日 - 22:13*10

"The spirit of the Olympic values will bring the two nations even closer."

2013年5月2日 - 22:13*11

トルコと猪瀬氏、どちらが「大人」なのかは、一目瞭然ですね……。

●猪瀬直樹、その後も反省無く……

一方、日本国内では猪瀬氏の謝罪後の傲岸不遜なツイートが物議を醸していました。

今回の件で誰が味方か敵か、よくわかったのは収穫でした。またNYTのおかげでこの時期のガイドラインの線引きがわかり貴重な体験となりました。五輪招致、ますますいき盛んん（原文ママ）です。

2013年5月1日 - 2:21*12

私のフォロワーのことです。温かく叱咤激励してくれる人と、悪意をもつ人と。 RT @inosenaoki: 今回の件で誰が味方か敵か、よくわかったのは収穫でした。またNYTのおかげでこの時期のガイドラインの線引きがわかり貴重な体験となりました。五輪招致、ますますいき盛んん（原文ママ）です。

2013年5月1日 - 18:57*13

上記の「僕は反省していないもん！」的なツイートは日本のマスコミにも大きく取り上げられました*14。まさに恥の上塗りであり、ネット上でも大顰蹙を買っています。

猪瀬知事の「今回の件で誰が味方か敵か、よくわかったのは収穫」に対する反応 - Togetter

東京都知事・猪瀬直樹氏の「イスラム教徒差別発言→責任転嫁→謝罪→開き直り」に批判殺到！ - Togetter

挙句は東京都副知事だった2011年8月11日のツイート（※今回の事件後、削除済）の件も蒸し返されるなど*15、当然ながら、東京都知事としての定例記者会見でもマスコミから厳しい質問を浴びせられていました*16。下記のリンク先は、5月2日に行われた東京都知事記者会見全文（起こし＝東京都庁）です。

http://www.metro.tokyo.jp/GOVERNOR/KAIKEN/TEXT/2013/130502.htm

ここでも見苦しい釈明を繰り返している猪瀬氏ですが……実は賢しげにお粗末な知見を披露しているのです。

【記者】J−CASTニュースと申します。
【知事】はいよ。
【記者】先ほどの世界史についてお話をしたいという、世界史についてお話をしたいというところについて、もう少し、ちょっと詳しくお話をお聞きできればと思うんですが。
【知事】わかりました。世界史についてというのは、日本は、19世紀に近代化、明治維新によって近代化をスタートしました。で、それ以来、近代化という概念自体がヨーロッパのものだと思います、近代という概念は。そういう近代という概念をヨーロッパがつくり、そして、ヨーロッパ以外のところで、ヨーロッパ文明と別の文明として、日本は近代化というものをなし遂げた。そこに東京がある。僕はそう思っています。
　そういう意味で、実は、トルコも日本の近代化等をある意味でですね、参考にしたところもありまして、明治天皇を尊敬している方がいた。ね。有名な人です。ムスタファ・ケマル、シャーと呼ばれている人ですが、そういう方が、トルコの近代化を一生懸命頑張った。
　ヨーロッパ近代以外で、近代化をなし遂げるということは非常に難しいし、近代化のシステム、あるいは法制度、それ自体がヨーロッパのものですから、それをどうやって違う文明圏が受け入れていくか。あるいは違う文明圏が独自に近代化するということはどういうことか、これは、僕は今回の、実は、1つの、東京がオリンピックにエントリーしているというね、1つの理由だと思って説明してきましたが、そういうことで、近代化というものは、しかし、今、次の、新たなヨーロッパ近代というものが世界史の中心であったけれども、必ずしも、ヨーロッパの近代化のモデルが全てのモデルではないということが、この20年ぐらいの間にいろいろわかってきた。

正確には「ムスタファ・ケマル・パシャ（Mustafa Kemal Paşa）」です。ムスタファ・ケマル・パシャとは、トルコ共和国の国父ケマル・アタチュルク（ムスタファ・ケマル・アタチュルク）が、1934年に創姓法を施行するまで名乗っていた名前の一つです。「シャー（shāh شاه）」は、ペルシャ語で「王」を意味する言葉ないし称号であり、明らかな間違いです。「パシャ（paşa）」とは、オスマン帝国において文武の高官に与えられた称号でした。そもそもオスマン帝国時代からトルコ共和国では、1934年までトルコ人には名字がありませんでした。「アタチュルク（Atatürk）」も創姓法の施行後、トルコ議会から本人に贈られた姓であり、トルコ語で「トルコの父」を意味します。

因みに称号としての「パシャ」も創姓法の施行後、トルコ共和国では正式に廃止されています。

アタチュルクの旧称が「ムスタファ・ケマル・シャー」ではなく、「ムスタファ・ケマル・パシャ」であることぐらい、高校の教科書レベルの知識です。「パシャ」と「シャー」の区別がついていないとは。猪瀬氏は高校の社会科の選択科目で世界史を学ばなかったのか。こんなお粗末な認識では、世界史について語れるわけがないでしょうが。ニューヨークタイムズの記者からも取材で何がしかの突っ込みを受けていたとしても、むべなるかなです。海外メディアは日本と違って、一々手心を加えてフォローするほど大甘ではありませんから。

寧ろ日本のマスコミが、これまで猪瀬氏の数々の放言やトラブルをスルーしてきちんと追及してこなかった結末が今回の舌禍事件と言えます。産経新聞の元記者を特別秘書にしながらも、メディア対策がまるで駄目です*17。今後の東京2020オリンピック･パラリンピック招致について具体的にどのような影響があるかは何とも言えませんが、少なくともプラスにはならないでしょう。一部では今回の放言で150億円分の損失とも言われていますが……。

しかし、事件関係ブログさんがツイートで指摘していたように、ここまで来ると猪瀬氏の過去の著作を検証してみたら、様々な意味で面白いかもしれません。『唐沢俊一検証blog』によると、猪瀬氏には一部で盗用疑惑も囁かれているそうですから。佐野眞一の盗用問題を暴露していた張本人が、まさか……とは思いますが。

余談ながら、日垣センセイも5月3日に自身のFacebookアカウントで、猪瀬氏の舌禍事件について名指しではありませんが、少しだけ言及しています*18。くどいようですが、猪瀬氏と日垣センセイは同郷出身で、長野高校の先輩後輩の関係であり、互いにFｂで「いいね！」をするなどツーカーの仲です。