KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)

主に作家の日垣隆、猪瀬直樹、岩瀬達也、岡田斗司夫、藤井誠二などを検証しているブログです。

言霊の力ー検証・猪瀬直樹「東京五輪招致舌禍事件」(その弐)

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●トルコ、イスラムイスタンブールに対する無知・無理解・偏見

(前回のエントリーからの続き)猪瀬直樹氏の例の放言について「トルコやイスラムイスタンブールなどに対する偏見丸出しの誹謗中傷」「ルールに無知なのはおろか、事実認識も間違いだらけで、かつ差別意識に満ちている」と書きましたが、具体的に何が問題だったのかを指摘します。

まず「しかし、イスラム諸国に共通するのはアラー(神)だけであって、それでも彼らはいつもお互い喧嘩している。それに彼らには階級制度がある」ですが、イスラム諸国の多くは、必ずしも喧嘩ばかりしていません。何がしかの紛争などの火種を抱えている国はありますが、比較的平和な国が大半です。第1、現在のトルコ共和国は他国と戦争などしていません。国内では1984年以来、少数民族クルド人のゲリラ組織PKK(クルド労働者党)武装蜂起し、これまでに延べ4万人以上の犠牲者が出ていますが、これは「民族紛争」であって「宗教紛争」ではありません*1トルコ人クルド人の両者ともスンナ派イスラム教徒が多数派です。そもそもPKKは創設者のアブドゥッラー・オジャランが獄中からトルコ政府に和平を呼び掛けており、それに応える形でPKKの実動部隊がトルコから北イラクの本部への撤退を開始するなど、戦闘終結に向けて大きく動いている最中です*2

トルコ共和国の前身であるオスマン帝国(1299年〜1922年)も600年以上に渡る治世において、常に戦争や征服に明け暮れていた訳ではなく、太平の世を謳歌していた時代の方が長いです。よく誤解されますが、オスマン帝国トルコ人の国だった訳ではありません。出自の枠を超えて多民族・多部族・多宗派が平和的に共存共栄するコスモポリタンな世界帝国でした。オスマン帝国を「トルコ」と呼んだのは欧米諸国などの外部からの通称です。日本のマスコミ等で今でもみられる「オスマン・トルコ帝国」「オスマン朝トルコ帝国」などの呼称は、正式な国号だけでなく、国家の実態にもそぐわないため本来は使うべきではないのです。

トルコ共和国の標語も国父ケマル・アタチュルクが中心となって定めた「Yurtta Sulh, Cihanda Sulh(国に平和、外に平和)」であり、アタチュルク自身が大統領在任中の1934年にバルカン協商を成立させるなど、積極的に善隣友好の平和外交を推進しました。隣国のギリシャ首相エレフテリオス・ヴェニゼロスからも高く評価され、彼によってアタチュルクはノーベル平和賞に推薦されるほどでした(惜しくも受賞は逃しましたが)。

最も、隣国キプロスにて、ギリシャ系住民とトルコ系住民との間で発生したキプロス紛争を機に、1974年、トルコ軍がキプロスに侵攻し、以来、キプロス北部(キプロスの総面積の約37%)の不法占拠を続けています。北キプロス・トルコ共和国を承認しているのは、世界中でトルコ一国だけです。とはいえ、皮肉にも1974年のトルコ軍の侵攻で事実上北と南に分断されて以来、南北キプロスは比較的平穏な状況が続いており、現在は南北間の往来も比較的自由に行われています。キプロス侵攻以外で、トルコ軍の主だった対外軍事行動を挙げるとすれば、朝鮮戦争に国連軍サイドで派兵したことぐらいで、「彼らはいつもお互い喧嘩している。」のは完全な間違いではありませんが、甚だ不正確な認識です。

また「階級制度」ですが、イスラム教は(建前であれ)「全ての信者は神の前で平等」と謳っており、階級制度を推進、或いは肯定している訳ではありません*3厳密には階級制度などの矛盾がある国も存在しているでしょうが、現在のトルコ共和国イスラムの「階級制度」など存在しているとは考えにくいです。そもそもトルコ共和国は国民の圧倒的大多数(約99%)がイスラム教徒ですが、建国以来、徹底した政教分離が推進されています。1982年に軍政下で国民投票によって成立した現憲法でも政教分離の条項があります。実際、例えばイスラム教では飲酒がタブーですが、トルコでは自由です。葡萄の蒸留酒ラクを始めワイン、ビールなどにも国産の銘柄が多数あります。アタチュルク自身、ラクを愛飲しており、死因はラクの飲み過ぎによる肝硬変だったと言われています。このように良くも悪くも世俗化が進んでおり、熱心なイスラム教徒もいれば、イスラム教にそれ程拘らない人も多いのです。

次に「トルコの人々も長生きしたいなら、日本でわれわれが持つような文化をつくるべきだ。若者が多くても、若いうちに死んだらあまり意味がない」ですが、世界銀行などの統計データによると、トルコの平均寿命は2011年度で73.94歳です。半世紀前の1961年は48.35歳でした*4。1991年度は63.62歳、2001年度は70.06歳であり、経済発展に伴ってトルコの平均寿命は急伸しています。一方、日本の平均寿命は2010年度で82.93歳です*5国の平均寿命順リストでも、トルコの平均寿命は全197ヵ国中101位であり、世界標準で見れば、実はそれ程短くはありません。従って、猪瀬氏の指摘は明らかな間違いです。大体、トルコの出生率が日本よりも高く*6、若者の数が急増している人口構成をあげつらった上で、高齢社会の日本のように長生きできるようにしろ、そのために日本の文化を学んだら、と言った論旨については、無神経の極みであり、内政干渉まがいの放言でしょう。そもそも安易に他国を引き合いに出して比較するぐらいなら、事前にきちんと調べたらどうなのか。ノンフィクション作家の癖にファクト・チェックを怠るようでは……。

「社会基盤や洗練された競技施設をまだ建設していない二つの国と(東京を)比べてほしい」に至っては、完全な上から目線の放言であり、余計なお世話の一言に尽きます。

以上が、猪瀬放言の問題点とその検証です。


猪瀬直樹の謝罪で騒動はひとまず終息に向かっているが……。

5月1日、トルコのクルチ青年スポーツ大臣は猪瀬氏の謝罪を受け入れると表明しました*7IOCも猪瀬氏が発言を撤回、謝罪したことを重視し、今回の件を不問にするらしいとか*8。日本政府も同様のようです*9。現在、安倍総理が中東諸国を歴訪中でトルコも5月3日頃に訪問する予定ですから、よりにもよってこのタイミングで起きてしまった猪瀬氏の舌禍事件について、日本・トルコ両政府ともこれ以上騒ぎ立てたくない可能性もあります。だからこそ、トルコ側は「大人の対応」をしていると言えなくもありません。

しかしながら、今回の件で猪瀬氏の株が大暴落したのは確実です。それも回復不可能なぐらいに。驚くべきことは、外野で猪瀬氏を擁護ないしフォローする声が殆ど全く上がらないことです*10圧倒的大多数が猪瀬氏を批判する意見で占められています。哲学者の東浩紀氏のように、下手に擁護を試みて大炎上する有識者もいましたが、それも現時点では数えるほどです。猪瀬氏の「お友達」や取り巻きの編集者たちなどは、一体どうしたのか。お友達の代表格たる月刊誌『WiLL』(ワック)編集長の花田紀凱氏あたりが、「(猪瀬氏の放言は)痛快!」などと逆張りでヌケヌケと絶賛しそうな予感もしますが。何しろ日垣センセイを高く評価し*11、『WiLL』でも日垣センセイを重用して足利事件のガセレポートを発表させたり*12、、『どっからでもかかって来い!売文生活日記』(ワック)、『怒りは正しく晴らすと疲れるけれど』(同)などの放言一辺倒の連載をやらせていたからなあ……。

因みに、花田氏は元衆院議長の土井たか子社民党名誉党首について「土井たか子在日コリアン」の中傷記事を『WiLL』(ワック、2006年5月号)に掲載し、土井氏から名誉毀損で提訴され、「裏付け取材を行わず全く虚偽の記載をした」として全面敗訴した「前科」があります*13

一般論としても、政治家が宗教の話題、特に他国の宗教の問題について公の場で中傷まがいの軽口を叩くなど、あってはならないことです。これはイスラム教に限らず、キリスト教ユダヤ教、仏教などの他宗教も同様であり、外交感覚云々以前の問題です。例え事実であったとしても、人として言っていいことといけないことの区別もつかないとは、どこまで無神経かつ非常識なのか。相手が親日国と目されるトルコでなくても、アウトです。

僕自身、日垣ウォッチャーというよりも寧ろトルコウォッチャーとして一連の騒動をヲチしてきましたが、当初は半信半疑でした。まさか世界規模での舌禍事件をリアルタイムでヲチすることになるとは。猪瀬氏がニューヨークタイムズ紙とのインタビューで何か言ったらしい、と知った時は「え?」と半ば相手にしていませんでした。しかし、その後、色々とこちらで調べていく内にどうやら事実らしい、それも予想以上に酷い放言だと気付いた時には唖然としました。今にして思えば、猪瀬氏には数々の「前科」があるだけに、起こるべくして起こった側面もあります*14

尚、日垣センセイは猪瀬氏の舌禍事件については完全に沈黙しています。単に無関心なのか、それとも流石に擁護・フォローの余地が無く、距離を置かざる得ないのでしょうか……。



★参考資料

2020年の夏期五輪招致をめぐり、猪瀬直樹東京都知事が他の候補都市を酷評() | 現代ビジネス | 講談社(1/4)

猪瀬直樹さんの壮大な自爆芸について: やまもといちろうBLOG(ブログ)

イスタンブール - Wikipedia

トルコ - Wikipedia

日本とトルコの関係 - Wikipedia

トルコの政治 - Wikipedia

9月12日クーデター - Wikipedia

オスマン帝国 - Wikipedia

トルコ革命 - Wikipedia

ムスタファ・ケマル・アタテュルク - Wikipedia

バルカン協商(バルカンきょうしょう)とは - コトバンク

エレフテリオス・ヴェニゼロス - Wikipedia

ギリシャ第二共和政 - Wikipedia

キプロス紛争 - Wikipedia

キプロス - Wikipedia

北キプロス・トルコ共和国 - Wikipedia

クルド人 - Wikipedia

クルディスタン労働者党 - Wikipedia

アブドゥッラー・オジャラン - Wikipedia

宗教法人日本ムスリム協会

スンナ派 - Wikipedia

ラク - Wikipedia

平均寿命 - Wikipedia

国の平均寿命順リスト - Wikipedia

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国の合計特殊出生率順リスト - Wikipedia

どっからでもかかって来い!―売文生活日記

どっからでもかかって来い!―売文生活日記

怒りは正しく晴らすと疲れるけれど

怒りは正しく晴らすと疲れるけれど

*1:http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130426/k10014202251000.html クルド人組織PKK、トルコ撤退開始を表明|日テレNEWS24

*2:PKKカンディル本部、「撤退」日程を正式発表 世界が注目、PKKの「撤退」発表 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130426/k10014202251000.html

*3:http://muslimkyoukai.jp/nyuushin.htm

*4:世界開発指標 - Google Public Data Explorer }˜^¤•½‹ÏŽõ–½‚Ì’j—Ši·i‘Û”äŠrj Türkiye'nin ortalama yaşam süresi arttı - En Son Haber masanorinaito on Twitter: "2011年の新聞だが、トルコの平均寿命は73.8歳。50年前には50歳だつたとあるから、ちゃんと寿命は延びている。若年人口が多くても早死にしては無駄みたいな猪瀬知事の発言は当たっていない。 http://t.co/6XNJS8Pdi5"

*5:世界開発指標 - Google Public Data Explorer

*6:世界開発指標 - Google Public Data Explorer

*7:http://www.asahi.com/international/update/0501/TKY201305010435.html http://www.jiji.com/jc/c?g=pol&k=2013050100927 http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013050101001840.html

*8:http://www.asahi.com/sports/update/0501/TKY201305010442.html 猪瀬知事失言、処分せず IOC「この問題は終結」 :日本経済新聞

*9:官房長官、東京招致に「支障なし」 :日本経済新聞http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2013043000470 http://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/000004569.html

*10:猪瀬直樹さんの壮大な自爆芸について: やまもといちろうBLOG(ブログ) http://www.asahi.com/national/update/0501/TKY201305010376.html

*11:花田紀凱さんのレビュー一覧 - honto

*12:狂犬はP&Gの夢を見るか?ー検証・日垣隆「足利事件・DNA鑑定レポートの虚実」(その壱) - KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)

*13:http://www.47news.jp/CN/200811/CN2008111301000881.html http://www.47news.jp/CN/200909/CN2009092901000840.html

*14:KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)