KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)

主に作家の日垣隆、猪瀬直樹、岩瀬達也、岡田斗司夫、藤井誠二などを検証しているブログです。

赤頭巾ちゃん、オオカミ中年に気をつけてー検証・日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』(補論C)

・初めてこのエントリーを読まれる方は「日垣問題の記録」「日垣隆(Wikipedia)」「ガッキィスレまとめサイト@ウィキ」のご一読をおススメします。
※2013/3/4追記:エントリーを更新しました。脚注(出典)を追加。


・日垣センセイ、毎日新聞に関してまたまたデマ同然のツイートをしています*1。日垣センセイの倒産予言って、未だに的中したのがなかったような……。
・2年前の八十二銀行とのトラブル(?)に関しても、これまた突如言及しています*2。例によって虚言癖の可能性が高いですが。


●精神鑑定は科学ではなく、感想文?

日垣センセイは『そして殺人者は野に放たれる』(新潮文庫、平成十八年十一月一日発行/平成十九年二月二十日四刷)の[第2章 迷走する「責任能力」認定](P45〜63)、[第4章 精神鑑定は思考停止である](P79〜93)の他、以下の部分などでも繰り返し精神鑑定を批判しています。

本書*3をお読みの方にはすでに了解されているとおり、精神鑑定は科学ではなく、感想文である。
P116

そもそもなぜ精神鑑定が要請されるかと言えば、責任能力の有無を推定するためである。実に多くの場合、精神鑑定の結論は割れる。およそ精神鑑定とは、結論先にありきの有罪無罪を誘導するための便宜(フィクション)にほかならないのである。
P133

日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』(新潮文庫、平成十八年十一月一日発行/平成十九年二月二十日四刷)P116、P133


日垣センセイによると、精神鑑定は「科学ではなく、感想文」であり、「結論先にありきの有罪無罪を誘導するための便宜(フィクション)にほかならない」とのことです。

だが、本当に精神鑑定は科学ではなく、感想文同然のフィクションに過ぎないのでしょうか。


●精神鑑定とは何か

まず精神鑑定とは検察及び司法当局者が精神障害など、あらゆる分野の専門的な学識を有しているわけではないため、諸々の判断を下すに当たって、その補強材料も兼ねて専門家たる鑑定医*4に依頼して実施するものです。精神鑑定そのものは、精神医学的な診断であり、通常の臨床精神医療とは大差ありません*5。精神鑑定には大きく分けて起訴前鑑定、公判鑑定、私的精神鑑定、医療観察法鑑定などがあります。起訴前鑑定については、以前にも言及しましたが*6 *7、その補足も含めて検証します。

検察官が被疑者を起訴するか否かを判断するために行う起訴前鑑定には、簡易鑑定と嘱託鑑定*8の2種類があります。簡易鑑定は数回だけの面接で1日〜3日程度の比較的短期間で行われます*9

簡易鑑定を巡っては、精度など様々な問題点が指摘されています。とはいえ、過去の病歴などから被疑者の病名が予め絞られているケースも多く、限られた予算及び時間なども考慮すれば、妥当な手法とも言われています。因みに、起訴前鑑定の9割以上は簡易鑑定であり、年間約2000件にも上るそうです*10

簡易鑑定と言っても、殊更に簡略化された鑑定ではないそうです。無論、中にはあまりに簡素な鑑定書を出す悪質な鑑定医もいるケースもみられますが、簡易鑑定による迅速な不起訴処分によって、早急な治療が必要不可欠な触法精神障害者を直ちに医療*11ルートに乗せることが可能になっていると言えます*12

一方、嘱託鑑定は裁判所の許可を得て数ヶ月の鑑定期間*13をかけて行われるものです。嘱託鑑定では簡易鑑定とは異なり、鑑定留置として被疑者を病院などに移送して精神鑑定を行えます。何よりも、時間をかけて被疑者だけでなく、その家族及び親族とも面会して情報収集を行える機会が増える上、検察及び警察などの捜査当局から提供された資料に不備があった場合は、それらを質して取り寄せる余裕も生まれます。いずれにせよ、具体的な症状及び病名が絞りにくいケースでは、嘱託鑑定が望ましいそうです*14

次に公判鑑定ですが、これは被告人の弁護側が、被告人の犯行時等の精神状態を疑問視し、裁判所に精神鑑定を申請して、裁判所が認めた場合に行われます。こうなると、裁判は被告人の鑑定が終了し、その鑑定書が完成するまで一端中断されます。担当した鑑定医は裁判において証人として出廷し、裁判官に宣誓した上で鑑定結果などについて証言します。起訴前鑑定によって明らかに心神喪失のケースは事前に検察が不起訴処分にしているのが多いため、公判鑑定の評価は困難を極めるものもあるそうです*15

公判鑑定も前記の嘱託鑑定同様、病院などに被告人を移して精神鑑定を行えます。鑑定期間も大体は数ヶ月とのことです*16

さらに私的精神鑑定ですが、これは弁護側が被告人と相談して鑑定医に依頼して行われる精神鑑定です。公判鑑定が認められなかった、或いは認められる可能性が低いケースで依頼されることが多いそうです。私的精神鑑定は裁判のスケジュールの合間に行わざる得ず、鑑定留置も不可能なために病院などでの検査もできません。被告人との面談も限定されるなどの制約も多々あります*17

それでも、私的精神鑑定によって起訴前鑑定の誤りが正されたり、一審で実施された結果、控訴審で公判鑑定が実施される契機になったなどの利点もあるとのことです*18

最後に医療観察法(心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律)鑑定ですが、心神喪失などで不起訴処分となったケースにおいて、検察官が裁判所に同法に基づく申し立てをして行われるものです。裁判において心神喪失で無罪判決が確定したり、心神耗弱で執行猶予つきの有罪判決が下った時も同様です*19

検察官の申し立てにより、被告人ないし被疑者は「対象者」として、医療観察法に基づく、指定入院医療機関への原則2ヶ月間の鑑定入院が実施されます。そこでの鑑定が終了後、審判が数回行われて指定入院医療機関での入院措置か、指定通院医療機関での通院措置などが決定されます*20

以上が主だった精神鑑定です。


●不可知論と可知論

従来、精神鑑定においては、不可知論が主流でした。不可知論とは、精神科医たる鑑定医が精神障害の具体的な診断を下せるものの、犯行時の弁識能力、制御能力といった「理非善悪を弁識し、かつそれに従って行動する能力」全般について判断を下すことは不可能であり、従って被疑者及び被告人が統合失調症などのケースでは、機械的かつ自動的に心神喪失*21とする以外にはないという考え方です*22

しかし、一口に統合失調症と言っても、その病態像は千差万別であり、個人差が甚だしいです。病識*23がなく、自傷他害の恐れが極めて強い統合失調症精神障害者もいれば、健常者と何ら変わらず通院治療で平和に暮らしている人も少なくありません。統合失調症精神障害者が、病的な妄想及び幻聴によって心神喪失状態になって犯行に及んでしまったケースはともかく、ただ単にカネ目当てに窃盗を働いたケースでも心神喪失となり得るため、現在では傍流になりつつあるそうです*24

他方、可知論ですが、これは犯行の動機、犯行後の行動なども一つ一つ検討した上で、総合的に評価すれば、責任能力の有無も判断できるという考え方であり、現在では精神鑑定における主流になっているそうです。1984年7月3日に出された最高裁判例も、硬直した不可知論から可知論が精神鑑定の主流になる転機になりました*25

とはいえ、可知論も行き過ぎると、統合失調症などの重篤精神障害が原因で引き起こされた事件でも、事件前から面識がある被害者と仲が悪かった、犯行前に諍いがあった、事件後に凶器を捨てた、何らかの隠蔽工作をしたなどの理由で、安易に有責とみなされる可能性もあります。そのため、多くの鑑定医は、可知論をベースに不可知論の要素も取り入れた精神鑑定を実施しているそうです*26


●精神鑑定の科学性と問題点

精神鑑定とは極言すれば、日常の診断の延長線上にあるものです。今日の精神医療は、身体疾患とは違って、臓器の異常や血液検査などのデータの異常という形で病気を診断できず、数値で測れる指標も少ないため、そうした意味での客観性は必ずしも高くはありません*27

しかし、例えば癲癇は科学的な脳波検査によって発見可能なケースが多いため、精神鑑定の一環として脳波検査が行われた結果、癲癇であることが判明することもあるそうです*28

また統合失調症及びパニック障害といった主だった精神障害については、発症のメカニズムを除く具体的な症状及び病気の経過などは、これまでの研究で解明され、広く知れ渡っています。治療法も、ほぼ確立しています。かつては事実上「処置なし」だった統合失調症も、1950年代に向精神薬による薬物療法がスタートしてからは、治療面で劇的な進化を遂げました。一般の精神科医にとって、精神障害の客観的かつ正確な診断はさほど難しくもなく、他の精神科医との間で意見が合わなくなることも殆どないそうです*29

ただ、精神鑑定ではしばしば複数の鑑定医の間で、意見の対立などが起こるケースがあります。これは正確な診断に必要不可欠な過去の病歴に加え、成育歴などに関する家族からの情報提供が思うようにいかなかったり、或いは不充分だったりすることが実際にあるからです*30

さらに言えば、捜査当局が提供する資料に間違いや事実誤認などの重大な不備があれば、鑑定医がそれらを鵜呑みにして結果的に鑑定を誤ることもありえます*31

精神鑑定は万能ではありません。多くの問題点があります。鑑定医も人である以上、ミスや間違いを犯すこともあります。それでも、精神鑑定は概ね信頼に足る「科学」であり、決して「結論先にありきの有罪無罪を誘導するための便宜(フィクション)」ではありません。日垣センセイのように、徒に精神鑑定を否定し、浅薄な批判を繰り返すのではなく、まずは専門家による入門書なり、解説及び研究書を熟読して正しい理解に努めるべきでしょう。



★参考資料

Amazonレビュー:感情的対立を煽るだけの悪しきジャーナリズム

岩波明『精神障害者をどう裁くか』(光文社新書、2009年4月20日初版第1刷発行)

小田晋、作田明、西村由貴『刑法39条 心の病の現在』(新書館、2006年1月25日初版第一刷発行)

高岡健『精神鑑定とは何か―責任能力論を超えて』(明石書店、2010年11月5日初版第1刷発行/2010年12月25日初版第2刷発行)

林幸司『事例から学ぶ精神鑑定実践ガイド』(金剛出版、2011年6月10日印刷/2011年6月20日発行)

林幸司『ドキュメント精神鑑定』(洋泉社、2006年3月20日発行)

精神鑑定 - Wikipedia

責任能力 - Wikipedia

統合失調症 - Wikipedia

向精神薬 - Wikipedia

心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律 - Wikipedia

指定入院医療機関 - Wikipedia

指定通院医療機関 - Wikipedia

てんかん - Wikipedia

クリニック西川「刑事精神鑑定―裁判員制度開始に備えて― 」

3種類の精神鑑定

滝本シゲ子「刑事司法精神鑑定の研究 日本における制度の生成と展開」

精神鑑定と刑事責任能力

そして殺人者は野に放たれる (新潮文庫)

そして殺人者は野に放たれる (新潮文庫)

精神障害者をどう裁くか (光文社新書)

精神障害者をどう裁くか (光文社新書)

精神鑑定とは何か―責任能力論を超えて―

精神鑑定とは何か―責任能力論を超えて―

事例から学ぶ精神鑑定実践ガイド

事例から学ぶ精神鑑定実践ガイド

赤頭巾ちゃん気をつけて (新潮文庫)

赤頭巾ちゃん気をつけて (新潮文庫)

赤頭巾ちゃん気をつけて [DVD]

赤頭巾ちゃん気をつけて [DVD]

*1:togetter『日垣隆先生と毎日新聞 』

*2:togetter『日垣隆先生、八十二銀行の預金から120万円が行員により横領されたと語る』

*3:日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』(新潮社)

*4:精神鑑定を行う精神科医のこと。

*5:岩波(2009年)P176〜178

*6:赤頭巾ちゃん、オオカミ中年に気をつけてー検証・日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』(その弐) - KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)

*7:赤頭巾ちゃん、オオカミ中年に気をつけてー検証・日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』(補論A) - KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)

*8:本鑑定とも呼ばれる。

*9:岩波(2009年)P177、高岡(2010年)P30〜32

*10:高岡(2010年)P30〜32

*11:医療観察法ないし精神保健福祉法による入院か通院治療。

*12:岩波(2009年)P177、高岡(2010年)P30〜32

*13:通常、嘱託鑑定の鑑定期間は、2ヶ月〜3ヶ月程度である。

*14:岩波(2009年)P177〜178、高岡(2010年)P30〜32

*15:岩波(2009年)P178、高岡(2010年)P50〜52

*16:高岡(2010年)P51〜52

*17:高岡(2010年)P66〜68

*18:高岡(2010年)P66〜67

*19:岩波(2009年)P178、高岡(2010年)P148〜151、林(2011年)P83〜94

*20:高岡(2010年)P148〜151、林(2011年)P83〜94

*21:法律用語で責任無能力状態のこと。

*22:小田・作田・西村(2006年)P17〜20、岩波(2009年)P42〜44、高岡(2010年)P94、林(2011年)P28〜30

*23:医学用語で、病気の自覚。

*24:小田・作田・西村(2006年)P17〜20、岩波(2009年)P42〜44、高岡(2010年)P94、林(2011年)P28〜30

*25:小田・作田・西村(2006年)P20、岩波(2009年)P42〜44、高岡(2010年)P95、林(2011年)P29〜31

*26:岩波(2009年)P42〜44、高岡(2010年)P95、林(2011年)P29〜31

*27:岩波(2009年)P181〜189、林(2011年)P33

*28:岩波(2009年)P189

*29:岩波(2009年)P185〜186

*30:岩波(2009年)P189

*31:岩波(2009年)P201〜204