KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)

主に作家の日垣隆、猪瀬直樹、岩瀬達也、岡田斗司夫、藤井誠二などを検証しているブログです。

赤頭巾ちゃん、オオカミ中年に気をつけてー検証・日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』(その弐)

・初めてこのエントリーを読まれる方は「日垣問題の記録」「日垣隆(Wikipedia)」「ガッキィスレまとめサイト@ウィキ」のご一読をおススメします。


●「法的根拠のない起訴前鑑定」のウソ

前回のエントリーからの続き)『そして殺人者は野に放たれる』(新潮文庫)のP49から。

検察官が最も避けなければならない(出世にも響く)のは、起訴した被告人が無罪判決を受けることだ。だからこそ地検では、法的根拠のない起訴前鑑定を行なって(原文ママ)、無罪になりそうな“気配”のある事件は起訴しない。

日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』(新潮文庫、平成十八年十一月一日発行/平成十九年二月二十日四刷)P49


「法的根拠のない起訴前鑑定」……?

日垣センセイは上記の引用文において、いわゆる起訴前鑑定に「法的根拠」が無いと断言しています。

起訴前鑑定とは、刑事事件の取り調べを担当していた検察官が起訴前の被疑者を対象に、本当に起訴するか否かを決定するにあたって、検察官の判断で行わせる精神鑑定の一種です。検察官が、被疑者の責任能力を疑問視した場合などに行われています。精神鑑定の法的根拠としては、以下の刑事訴訟法第165条とされています。

(鑑定)
第165条 裁判所は、学識経験のある者に鑑定を命ずることができる。

(鑑定)刑事訴訟法第165条


次に起訴前鑑定についてですが、実は起訴前鑑定にも精神鑑定同様に、刑事訴訟法上の根拠があります。下記の刑事訴訟法第223条です。

(第三者の任意出頭・取調べ・鑑定等の嘱託)
第223条
1.検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者以外の者の出頭を求め、これを取り調べ、又はこれに鑑定、通訳若しくは翻訳を嘱託することができる。
2.第198条第1項但書及び第3項乃至第5項の規定は、前項の場合にこれを準用する。

(第三者の任意出頭・取調べ・鑑定等の嘱託)刑事訴訟法第223条


一般の学説では、上記の刑事訴訟法第223条をもって、「起訴前鑑定」という起訴前に検察官の判断で実施される精神鑑定の法的根拠とみなしています。このことは、林幸司『ドキュメント精神鑑定』(洋泉社、2006年3月20日発行)のP11にも、ほぼ同様の指摘があります。因みに、同書の著者の林幸司氏は、実際に何件もの精神鑑定を手掛けてきたベテランの鑑定医です。

日垣センセイは、本書*1において、精神鑑定を「今では確信をもって害悪と見なすようになった。」(P80)など、執拗に攻撃していますが、精神鑑定憎しのあまり「法的根拠のない起訴前鑑定」(P49)と平気でデマを飛ばしているのですから、呆れてしまいます。というか、よくもまあ校閲を通り抜けたものです。



●「原因において自由な行為」の学説についても、また……

本書のP86から。

脳内が尋常でなくなることが明らかな薬物を、みずから使用して為した犯罪に対しても刑を減軽する役割を精神鑑定は担ってきた。百歩譲って仮に精神鑑定や刑法三九条を是とするならば、それに続いて以下のような条文を至急付加すべきである。

《①故意に、みずから精神の障害を招いて罪となるべき事実を生ぜしめた者には、前条の規定を適用しない。②過失により、みずから精神の障害を招いて罪となるべき事実を生ぜしめた者についても、前項と同じである》

日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』(新潮文庫、平成十八年十一月一日発行/平成十九年二月二十日四刷)P86


あははは……日垣センセイが提案する条文とは、前回のエントリーでも指摘した「原因において自由な行為」の学説を明文化したものではありませんか。「原因において自由な行為」を「珍説」(P296)「珍理論」(P212〜215)と散々批判しながら、それが明文化されたスイス刑法12条を絶賛していた件(P297)といい、ここまで来ると失笑を禁じえません。やはり日垣センセイは「原因において自由な行為」の学説について、全然理解していないことを、図らずも証明しています。

上述した「法的根拠のない起訴前鑑定」(P49)もそうでしたが、嘘八百はおろか、記述の矛盾さえも全く気付いていないとは、本書の版元の新潮社の校閲はどうなっているのでしょうか。以前にも指摘しましたが*2、何故弁護士にリーガルチェックを頼まなかったのか。つくづく不思議に思えてきます。



★参考資料

Amazonレビュー:感情的対立を煽るだけの悪しきジャーナリズム

林幸司『ドキュメント精神鑑定』(洋泉社、2006年3月20日発行)

精神鑑定 - Wikipedia

刑事訴訟法

刑事訴訟法第165条 - Wikibooks

刑事訴訟法第223条 - Wikibooks

原因において自由な行為 - Wikipedia

クリニック西川「刑事精神鑑定―裁判員制度開始に備えて― 」

3種類の精神鑑定

滝本シゲ子「刑事司法精神鑑定の研究 日本における制度の生成と展開」

精神鑑定と刑事責任能力

そして殺人者は野に放たれる (新潮文庫)

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