KAFKAESQUE(日垣隆検証委員会)

主に作家の日垣隆、猪瀬直樹、岩瀬達也、岡田斗司夫、藤井誠二などを検証しているブログです。

ぼくの無知を救ってくれなかったガセ本へー日垣隆『世間のウソ』検証編

・初めてこのエントリーを読まれる方は「日垣問題の記録」「ガッキィスレまとめサイト@ウィキ」のご一読をおススメします。



●『世間のウソ』を告発する!?

日垣隆『世間のウソ』(新潮新書、2005年1月20日発行/2006年3月10日11刷)とは、世間を騙し、世論をミスリードする数々のウソを著者の日垣センセイが告発した新書だそうです。

実際、日垣センセイも本書*1の「まえがき」において、こう述べています。

ウソには五種類あります。
(略)

本書では、もっぱらこの「世論を誤らせる構造的なウソ」をとりあげました。もちろん、騙されないために身につけるべき処方箋も具体的に提示してゆきます。

この場合の処方箋とは、世論を誤らせるニュースを正しく見極める、ということに尽きます。本書の効用は、論理と確率統計に強くなるということのはずですが、後遺症として多少皮肉っぽくなる、というのがあるかもしれません。

日垣隆『世間のウソ』(新潮新書、2005年1月20日発行/2006年3月10日11刷)P3〜P5


手元にある本書の奥付を確認してみると、刊行から約1年で11刷に達していますから、当時はちょっとしたベストセラーになっていたようです。例によってネット上でググってみても、好意的な感想が現在も大半を占めています。

しかし……本書は果たして書名通り「世間のウソ」を暴いていると言えるのでしょうか?

実は、日垣センセイは本書において「世間のウソ」を真摯に検証するふりをしながら、自らが平然と「ウソ」をついている可能性があるのです。



●「民事不介入の原則はない」は真っ赤なウソ!

日垣センセイは、本書の「第三章〈子ども〉をめぐるウソ 第八話児童虐待のウソ」のP115〜116において、以下のように書いています。

民事不介入の原則」はない


傷害事件や致死事件の加害者を逮捕・起訴するのは当然のことです。しかし、前世紀までなぜ家庭内の傷害事件に警察は介入しなかったのでしょうか。それは、「民事不介入」という幻の原則を、警察庁も警視庁もマスコミもまったく疑うことなく信じてきたからです。

この原則は、戦後もこの日本にあると多くの人が信じ続けてきました。私は一五年ほど前から、警察関係者に対して「民事不介入の原則はどんな条文や根拠に基づいているのか」と何度も尋ねてきたのですが、幹部たちですら誰一人として回答することができませんでした。

四年ほど前ついに私は、「民事不介入の原則は戦後の日本に存在していない」という事実を法務大臣に直接確認するに至りました。その後、法務省警察庁、警視庁は公式に一度も、この原則の存在について触れていません。実際、それまで存在していると思い込んでいた「民事不介入の原則」は完全なる幻だったのです。

日垣隆『世間のウソ』(新潮新書、2005年1月20日発行/2006年3月10日11刷)P115〜P116


上記の引用文を意訳すると、日垣センセイは「民事不介入の原則など戦後日本には存在しない。僕はそれを発見したんだ!どうだ偉いでしょう!」と自慢しているのですが……。戦後から現代の日本における民事不介入の原則について、下記の専門書では以下のように解説してあります。


民事不介入の原則

民事の法律関係には警察権は関与してはならないとする原則。警察公共の原則の一つで、民事の法律関係不干渉の原則とも呼ばれる。民事紛争は、民商法などの実体私法によって規律され、民事訴訟法等に従って司法権によって解決されるべきであるという考え方が背景にある。ただ、民事紛争が背景にあっても、犯罪行為のおそれがあるなど公共の安全と秩序に影響がある場合には、警察権の発動の要件は満たされる。近時は暴力団員による不法な行為の防止等に関する法律やストーカー規制法が制定されるなど、犯罪等の予防のために、警察の積極的介入を求める傾向もみられる。

法律学小辞典 第4版補訂版』(有斐閣、2008年10月20日第4版補訂版第1刷発行)P1179〜1180


 当事者訴訟

当事者間で法律関係について争いがある場合には、国家はその解決のために裁判制度を用意している。しかし、直ちに裁判所に出訴する前に、行政機関によってその解決を図ることが実務上なされたり、またそのための制度が置かれることがある。
(略)

③私人間の法律関係の紛争につき、裁判手続と並行して行政機関による紛争の解決を図るものがある。公害紛争処理法に基づく公害等調整委員会の責任裁定、原因裁定の手続(四二条の二以下)がその例である。

このうち、③に掲げるものは、市民的法治国原理のコロラリーとしての民事不介入の原則からすると、異例の制度ということができる(その憲法的限界につき、参照、斎藤誠「私人間紛争に対する行政の権力的関与」成田古稀 一五九頁以下、一六九頁以下)。

塩野宏行政法(2)第五版行政救済法』(有斐閣、2010年4月5日第5版第1刷発行)P56〜57


(2)「民事不介入」の問題点
民事不介入の原則」は、「警察権の限界」論のうち、「警察権は、公共の安全と秩序の維持に関係しない私的関係に及ぼしてはならない」という「警察公共の原則」から導き出されたもので、私的法律関係への不干渉を意味する。

那須修『実務のための警察行政法』(立花書房、平成23年4月20日第1刷発行)P10


上記にて引用したいずれの専門書も、「民事不介入の原則」が戦後日本に存在する事実を明記してあります。


日垣センセイは「民事不介入の原則は戦後の日本に存在していない(P116)」と断言していますが、その具体的な根拠は一切明示していません。「警察関係者に対して〜幹部たちですら誰一人として回答することができませんでした。(P116)」という文節も怪しい限りです。民事不介入の原則は、既存の法律に明文化された規定は存在しませんが、形式上の根拠としては警察法2条2項とされています。

(警察の責務)
第2条 警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。

2 警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない。

警察法第2条(警察の責務)
※表記は原文ママです。


要するに、民事不介入の原則など警察及び法曹関係者にとって常識中の常識であり、当たり前過ぎるのです。にもかかわらず、日垣センセイは「民事不介入の原則は戦後の日本に存在していない(P116)」と平気でウソをついているのですから、開いた口が塞がりません。書名で『世間のウソ』などと銘打って「世間を誤らせる構造的なウソ(P5)」を暴くとしておきながら、著者が本文でウソを書いてどうするのですか。「法務大臣に直接確認するに至りました。(P116)」という記述も虚偽の可能性があります。

また日垣センセイは「その後、法務省警察庁、警視庁は公式に一度も、この原則の存在について触れていません。(P116)」と述べていますが、上記にて引用した専門書の一冊である那須『実務のための警察行政法』(立花書房、平成23年4月20日第1刷発行)の著者は、れっきとした警察関係者です。巻末の著者略歴によると、著者の那須修氏は東大法学部卒業後、平成2年警察庁入庁。警察庁暴力団対策第一課係長、秋田県警察本部捜査第二課長、三重県警察本部警備第一課長などの要職を歴任し、平成19年2月から警察大学校に勤務の傍ら、各大学法学部及び法科大学院でも教鞭をとっている警察行政法の権威でもあります。

言わば専門家兼実務家として、警察の現場にも精通しているのです。その方が民事不介入の原則が存在することを公的出版物で明言しているのに、何故デタラメを書くのか。理解に苦しみます。



●家庭の中でも窃盗は許されていない

本書の「ウソ」はまだあります。P118の記述です。

家庭における「民事不介入の原則」という幻が完全に消失するのは、子どもへの暴力犯罪については児童虐待防止法(二〇〇〇年一一月施行)を、女たちへの暴力犯罪についてはDV防止法(二〇〇一年一〇月施行)を待たなければなりませんでした。

しかし、刑法でいう暴行、傷害、致死罪は、家庭のなかでは許される、などとはどこにも書かれていません。許されると明記されているのは窃盗だけです。

日垣隆『世間のウソ』(新潮新書、2005年1月20日発行/2006年3月10日11刷)P117〜118


刑法では暴行、傷害、致死罪だけでなく、窃盗も家庭の中では許されていません。そもそも刑法は刑事事件を扱う法律です。窃盗罪は、民事ではなく刑事に該当する事件ですから、民事不介入の原則など最初から適用外です。

つまり、警察などの行政サイドは、遺産相続の問題など、私対私の家庭内で解決すべき民事のトラブルについては殆ど介入しないのです。しかし、傷害、暴行、致死、窃盗といった刑事に該当する事件になった、或いはなりそう可能性が高い時は介入しますとしているのです。児童虐待及びDVなどは刑事に該当する可能性が高いケースですから、警察が「民事不介入の原則」にとらわれずに刑事事件として介入するのは妥当といえます。

日垣センセイは刑法において家庭の中、すなわち親族間での窃盗は許されているとしていますが、これもまた例によって具体的な根拠を一切明示していません。ここからは僕の個人的な推測ですが、恐らく、日垣センセイの念頭にあったのは下記の刑法の特例の条文でしょう。

(親族間の犯罪に関する特例)
第244条 配偶者、直系血族又は同居の親族との間で第235条の罪、第235条の2の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する。

2前項に規定する親族以外の親族との間で犯した同項に規定する罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。

3前2項の規定は、親族でない共犯については、適用しない。

刑法244条(親族間の犯罪に関する特例)


これは親族相盗例という刑法上の規定の一つで、親族間で発生した一部の犯罪行為及びその未遂については、その刑罰を免除するものです。この「刑を免除」とは、犯罪は成立しているが刑を免除するとしているだけであって、犯罪ではないとまではみなしていないのです。家庭の中での窃盗行為は親告罪のため、実際に有罪判決を出すには、まず被害者は原則として犯人を知ってから6か月以内に告訴しなければなりません。告訴を受けた検察官が受理して起訴するかを検討する一方、警察も受理した場合には捜査をして検察官にも判断材料を提供します。それらを受けて検察官が起訴した場合には、刑事裁判として公判が開かれます。そして刑法第235条の窃盗罪だが、親族相盗例に該当して「刑を免除」するか、それとも有罪判決を出すかは、裁判官が個々のケースで判断して、判決で宣告しなければなりません。このことは、刑事訴訟法第334条にも規定されています。

第334条  

被告事件について刑を免除するときは、判決でその旨の言渡をしなければならない。

刑事訴訟法第334条


尚、過去の判例によると、親族相盗例に該当しないとみなされたケースも多いそうです*2 *3

要するに家庭内での、親族間での窃盗行為は、刑法だけでなく制度上も許されてなどいないのです。それなのに、ウソというか誤解を招くような書き方をしているのが、日垣センセイです。


いずれにせよ、「民事不介入の原則は戦後の日本には存在しない」「家庭の中では窃盗も許されています」などと重大な誤解を撒き散らしているのが本書です。くどいようですが、日垣センセイは本当に東北大学法学部を卒業しているのでしょうか?まさかとは思いますが、当時の東北大学法学部は、学生たちに民事不介入の原則さえ教えていなかったとか……。

版元の新潮社も校閲が大甘です。民事不介入の原則など、Amazonか大型書店で専門書を購入して繙けば、すぐに分かることです。それでなくても、新潮社は週刊新潮編集部が常時数件〜数十件の名誉棄損などの訴訟を抱えており、少なからぬ弁護士を雇って裁判に当たっている筈です。彼らに裁判対策の合間を縫ってリーガルチェックを頼むべきでしょう。断られたら、別の弁護士を雇ってリーガルチェックを依頼すればいいだけであって、結局は怠慢以外の何物でもありません。最も、そんなことをしたら「俺が信用できないのか!」と誰かさんの逆鱗に触れた可能性もあります。



★参考資料

『法律学小辞典 第4版補訂版』(有斐閣、2008年10月20日第4版補訂版第1刷発行)

塩野宏『行政法(2)第五版行政救済法』(有斐閣、2010年4月5日第5版第1刷発行)

那須修『実務のための警察行政法』(立花書房、平成23年4月20日第1刷発行)

Amazonカスタマーレビュー:「民事不介入」の形式的根拠は警察法2条2項

民事不介入 - Wikipedia

警察法

知っておくべき法律知識

警察の民事不介入原則についての問題

警察の民事不介入ー教えて!goo

親族相盗例 - Wikipedia

窃盗罪 - Wikipedia

親告罪 - Wikipedia

告訴・告発 - Wikipedia

刑法

刑事訴訟法

予防法務ジャーナル「そよ風」親族間の犯罪と刑の特例

親族相盗について教えてください。親族間の窃盗は、絶対に犯罪にならないのですか?

世間のウソ (新潮新書)

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法律学小辞典 第4版補訂版

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